グラミー賞にノミネートされたBaauerのニューアルバムPlanet’s Madにはグチャグチャ、ザクザク、ムニムニ、カリカリといった様々な質感が詰まっている。人間、動物、宇宙人の声がミックスの中で追いかけ合うように見え隠れする中、ベースは唸るように滲み出し、パーカッションループは重なり大きな塊となり、シンセはきらきらと流れていく。パンチの効いたベース、強いコンプレッションなど、“Harlem Shake”や “Higher”のプロデューサーらしいEDMの典型的な要素を含んでいるが、その影響はビッグルーム以外のジャンルから強く受けている。2008年頃のクラブバンガー、ハイレゾビデオゲームのサントラ、ポストトラップ、そしてHudson MohawkeやA.G. Cookの中に流れるようなフューチャーポップなど。Planet’s MadはBaauerの代名詞であるオーガニックな質感と一癖あるサンプル世界への旅だ。
Harry “Baauer” Rodriguesは、ニューヨーク市内にあるアパートから電話で「このレコードのコンセプトは最初から決まってたんだ」と語る。「独立した一つの世界を作りたい、というのは確かだった。Daft PunkのDiscoveryやThe AvalanchesのSince I Left Youとか、自分がエレクトロニックミュージックを始めたころに好きだったものをすごく意識した。これらのアルバムにはその「独立した世界」があると思うんだ。当時の僕はその世界観に惹きつけられたのだと思う、その頃は理由なんて気づかなかったけどね。僕がそこに世界観を感じたのは、例えば、Daft Punkが’Superheroes’の中でBarry Manilowのサンプルを独特な形でループさせている所。だって、一体あの曲では何が起こっているんだ、って思わない?きっとそういう要素や、小さな気付きのようなものに期待して、何度も聴き返したいと思うんだろうね。」
The Chemical Brothers, The Prodigy, Fatboy Slimらの名盤と並んでDiscoveryやSince I Left Youはほぼインストゥルメンタル曲でありながら、サンプルの刻み方や物語を意識した構成のおかげでそれを感じさせない。Baauerは今回のアルバム制作にもその手法を取り入れようとしていた。2016年から2018年の間に活動の主軸としていた歌手との客演やコラボレーションというスタイルを捨て、サンプルに頼る方向に進んだのだ。Planet’s Madの初期構想はダンスフロアを意識したもので、且つ彼は完全オリジナルなセットでそれを作ろうとしていた。そのために膨大な数のループやスケッチ中からの好みのものを厳選し、必要な調整を施した。
Baauerの制作手順はシンプルだ。インターネット、Spliceのサンプルパック、Native InstrumentsのKompleteやSpitfire Audioのオーケストラやパーカッションの高音質ループやワンショットなどから、とにかく時間をかけてサンプルをかき集める。サンプルの確認はKontaktで行うことが多い。滅多にMIDIで演奏することはく、サンプルをAbletonのアレンジメントビューに取り込みDAW内の様々なツールを使用して刻んだりワープさせる。「4つのサンプルを組み合わせて1つのスネアを作るのではなく、4つの異なるループを重ねて1つのパーカッシブなブロックを作るような感じだね」と彼は語る。「色んな所からサンプルを拾って来て、Abletonに入れるんだ。そしてAbletonのワープ機能を使って 上下に反転させたり、縮めたり、伸ばしたり、いかに奇抜な音を作り出せるかを試す。ワープモードでは”Beats”に設定することが多いけど、”Complex”に設定すると時々とてもクレイジーな効果を得られることもある。”Segment BPM”はサンプルを読み込んで適したテンポを予測してくれるものなんだけど、わざとサンプルのテンポと異なるものに設定することで想像つかないサウンドを得られることもあるんだ。あと、ワープマーカーを動かしてみるのも一つの手だね。」
簡単で効率的という理由から、Baauerは主にAbletonに内蔵された”もの”を使う。「コンピューターを新しくした時、多くのプラグインの再インストールをしなかったんだ、ほとんど使っていことに気がついたからね。使うことがあるプラグインはハーフスピード効果や面白い副産物を生んでくれるHalfTimeと、クリエイティブなダッキングツールでありサンプルにオートメーションを書けるLFO Tool。そして忘れてはいけないのがAbletonのOTTプリセットだ(Multiband Dynamicsの中にある)。これはクレイジーなコンプレッサーだよ。このプラグインの冗談もあるくらいさ。ダブステップの奴らは一つの音に対してこれを5個くらいかけて音に壮大さを出すんだ。かける音によってはとても面白い効果を生むこともある。例えば録音対象の後ろで何か音が入り込んでしまったようなサンプルにかけた場合、全ての音が前面に出てくるから、とても不思議で面白い質感を作り出せたりするんだ。 」
Planet’s Madは壮大に聴こえるかもしれないが、それは複雑なエフェクトの掛け合わせではなく、サンプル選びとシネマティックなサウンドを意識したレイヤーによるものだとBaauerは語る。「自分はあまりディレイやパンニングを触ることはないんだ。Hans Zimmer系のプラグインとか、映画の劇伴などに使われるようなサンプルを多く使うから、最初から音が壮大で触る必要がないんだよ。」このように高音質なサンプルとYouTubeやインターネット上に散在する低品質な素材の組み合わせがBaauer氏の音楽に独特な質感を与えているのであろう。
「初心者の頃によく言われることだけど、本当に正しいサンプルを選ぶことが肝なんだ」と彼は語る。「説明が難しいけど、特にパーカッションにおいては少し変だったり完璧でないものを探す。例えば生演奏のドラムループの中に小さな咳が混ざっているものがあったら、その方が超クリーンなものよりも個性や可能性になるんだ。」似た理由から、彼は効果音や生演奏のサンプルをデジタル的なループの上に重ねることを好む。「ユニークなリズムや質感を探し回るのが好きなんだけど、その結果伝統的な西洋楽器ではない所にたどり着くことが多いね。南アジアのパーカッションは大好きなんだ、特にタミルドラムであったり、独特な楽器編成の感じが。」
「これまでにサンプルしてきた中で一番クレイジーだったのはとあるドイツ人で、名前はBudiだったと思う、彼は自分の腹を叩いた音でアルバムを作っていたんだ。その音が最高にイケていて、僕はClangというトラックで使用した。使用許可を取りに行った時、Budi本人もサンプルされたことに舞い上がっていたね。」もう一つ発見したのは、YouTubeで“Topic”とだけ書かれたセクション。説明が難しいけど、A.I.が様々な所から拾い集めてきた音楽のプレイリストのようなものなんだ。動画のほとんどは再生回数が少なくて、再生されていないものもある。一度聴き出すときりがないから自分は30分までと決めているけど、原石の宝庫だね。
Baauer氏の一風変わったサンプル探しの熱は、彼がTwitchでファンと共に楽曲作りをしたり、Flume, RL Grime, YouTubeで注目を浴びているRebecca Blackなどとビートバトルを行っている間にさらに強まっていく。Twitchと平行して開かれているDiscordのチャットルームではユーザー達が自分たちのサンプルを提供しています。Baauerの世界中のパーカッションへの興味が周知された今では、#share-samplesのスレッドの中にはバヌアツの水ドラム、ケニヤ、マサイ族の攻撃的な歌声、Peter Pringleが演奏するぼんやりとしたテルミンからHaken Continuumまで沢山の様々な素材があります。「極度なインターネット収集家」と説明する彼の新しいサンプルプラグインは賢い老人がジャンクショップで呪われた宝を80年代のヒーローに渡すシーンのサイバーパンクバージョンのようだ。
30秒から1分程度のカッコいいループを作ることのほうがアレンジや構成を仕上げることよりも好きだ、とBaauerは包み隠さず教えてくれた。「正直に言うよ、アレンジはまだ得意じゃないんだ」と彼は言う。「一つ良いアドバイスをもらったことがあるよ。“AとBパートのみ作ればいい。それさえできれば後は簡単だ。もしくはそれだけで完成さ!”ってね」Twichの生配信の性質に加えて、コミュニティの要素も素早いビート作りの手助けになっているとBaauerは言う。「チャットに決断の手助けをしてもらうんだ、そうすることで悩まずに前に進める」と彼は語る。「スタジオに誰かいてもらっている感覚だよ、それも大勢のね。」これまでソーシャルメディアに積極的ではなかった彼だが、Twitch配信はサンプルの使用許可、締め切り、完璧主義などの細かな制約などに影響されず、クリエイティブな制作を思いのままに進められる場として活用している。そこでは赤ちゃんの声、おならの音、ボリウッド、チャチャチャ、グッチ・メインなどをサンプルしてブログハウス黄金期のマッシュアップや lazer crunk – 彼がLuckyMeのレーベル仲間と作り上げたジャンル – を彷彿とさせる馬鹿で面白い小さなアゲ曲を作成している。 (以下のThe Boptapeから19個のループが聴けます。)
1枚目のアルバムを完成させること、それも2枚目のアルバムも完成させることは決して簡単なことではないが今作ではここ数年間続けてきたコラボスタイルでの作品作りではなく、一握りの信頼する友人達と制作することにした。中でもインスタグラムのDMで仲を深めたポルトガル人プロデューサーのHOLLYは制作の主要人物となった。「彼にいくつかの素材を送ってみたら、すぐにクレイジーなサウンドになったものが送り返されてきたんだ。だからまた色々と送って、そのやり取りを繰り返した。彼が何をしているのかは全く分からないけど、まるで2Dの音が3Dになったかのような変化があるんだ。でも素材自体はシンプルなままだから、変化の付け方にセンスを感じるね。彼はFruity Loopsを使っていて、自分はFLで作られた音が好きだから、それも彼のサウンドを好んでいる理由の一つかもね。」(Planet’s MadではHOLLYのFL Studioで生まれた副産物とBaauer氏のAbletonサウンドが合わさり、新たな質感が加わっているかもしれない。)
Baauer自身も最近まで気付いていなかったのだが、DAW自体のディストーションも彼のサウンドを特徴付ける要素だ。「自分が書き出したステムをRyan Schwabe (僕のミックスエンジニア) に渡した時、何か欠けていることに気付いたんだ。原因は自分がAbleton内部で色々とクリップさせていたみたいで、その独特なディストーションが失われてしまっていたんだね。Ryanは後にステムを同じようにディストーションがける方法を見つけてくれて、僕はもっと音量を上げろと言い続けたよ、同じ効果を再現しようとしてね。」Schwabeは音楽の質のレベルを上げるため、壮大なサウンドにするために欠かせない存在だとBaauerは語る。「自分の求める音を理解してくれる良いミックスエンジニアに代わりはいないね。僕にはRyanが必要だと学んだよ!」と彼は笑いながら語る。
映像もPlanet’s Madの世界を作り出すのに重要な役割を果たしている。Actual Objects(Rick Farin、Claire Cochran、Nick Fernetが運営する3Dスタジオ)は、世界を構築してその場で修正することができる3D制作プラットフォーム(主にビデオゲームに使用されている)であるUnreal Engineを使用して、このアルバムに合わせてムービー全体を制作した。オーガニックな要素とハイテクなバーチャルリアリティをミックスしたこのアルバムの長編映画は、地球に墜落した不正な惑星が世界を攻撃的な党派のエイリアンで埋め尽くすというストーリーになっており(この物語は、アルバムがパンデミックの最中にリリースされたことで、より魅力的なものになっています)、また、Daft Punkの映画Interstella 555やPorter RobinsonのVirtual Self project (PorterのアルバムWorldsも合わせてインスピレーションとなる)の影響も見られる。
多くのアーティストが直接会ってのコラボレーションを好み、インターネットでファイルを飛ばすことを嫌がる中、Baauerはネット空間での作業を好むようだ。コラボ相手が揃い、制作手順が簡素化され、当面の間ツアーの予定が組めない今、彼はこれまで以上に多忙な日々を送っている。新曲やリミックスを収録した Planet’s Madの拡張版をリリースしたり、HOLLYとチームを組んで、約1週間でアルバム全体をゼロからリミックスするという内容のライブストリーミングを行ったりした。
「このアルバムは”自分についてだけのもの”にはしたくなかったんだ」とBaauerは言う。「コミュニティやコラボレーションをとても楽しんでいるからね。そしてこれらの曲がアルバムリリースと共に終わりを迎えない、という所が良いね – 曲や映像がこれからも育ち、進化し、姿を変え続けていけるような気がするんだ。」