東京を拠点に活動するコレクティブ「TREKKIE TRAX」の中心人物にして、現行ジャパニーズダンスミュージックを牽引するCarpainter。DJ/Liveアクト/プロデューサーとして活動しながら、クラブ界隈だけでなく、三浦大知らの楽曲をプロデュースするなど、シーンの垣根を超えて活躍を続けている。海外からも熱視線を注がれており、過去にはロンドンのJoseph Marinettiや謎多きプロデューサー、Otiraの楽曲のリミキサーにも起用された。Mixmag UKの公式SoundCloudでは“Premiere”として、彼の3枚目のフルアルバム『Future Legacy』(2019年)より「Salvo Fire」がフィーチャーされた。2020年に入ってからも、彼のルーツである90年代のテクノサウンドに焦点を当てたアルバム『SUPER DANCE TOOLS Vol.1』などを発表している。5月22日にリリースされた、レイヴユニット「国士無双」のGuchonとの共作EP『Home Workout Trax』でも90年代のモードは継続中だ。
このインタビューでは、“90年代感”の秘密に迫ると共に、彼のビートメイキングについて話を聞いた。
― 今までのCarpainterさんの曲のイメージって、Hi-Fiだったんです。浮遊感のあるシンセの音が効果的に配置されているというか。元々90年代のテクノがルーツにあることは伺ってたんですが、それがご自身の曲に反映されたのは割と最近という気がするんですね。
Carpainter: 僕自身はあまり自分が作ってる曲がHi-FiかLo-Fiかって考えたことはなくて。本当はもっと狙って作れたらいいんでしょうけど(笑)。今のシーンを見渡すと、ずいぶん前から90年代っぽい音が主流になってきてる実感があるんです。しかも、レトロフューチャーなニュアンスではなくて、“90年代そのもの”のサウンドと言いますか。なので、海外のDJにかけてもらうことを想像したときの答えとして出てきたのが、『SUPER DANCE TOOLS Vol.1』でした。そもそも、曲のプロダクションをLo-FiかHi-Fiの二元論で語れない気がするんですよ。なぜなら時代によってその尺度が変わるから。僕らの世代が90年代の音を参照すると、確かにLo-Fiに聞こえるんですけど、当時としてはHi-Fiだったと思うんですね。だから僕としてはLo-Fiサウンドを志向したのではなく、“90年代のニュアンスをそのまま再現しようとした”というのが感覚としては近いです。もうひとつ最近の自分のプロダクションを考える上で重要なのが、音数の少なさですね。今は周波数の上から下まで無理にびっしり埋めるような考え方は持ってないです。それもLo-Fi感に繋がってるのかも。音数が少ないと、ひとつひとつの音のパーツを作りこまないといけないんです。
― その変化は制作フローにも影響がありましたか?
C: フロー自体にはあまり影響はなかったんですが、曲作りに対する考え方は大きく変わりましたね。僕の場合、そもそも曲によって制作過程がバラバラなんです。シンセから入れてゆくこともあれば、キックをベースに組み立てることもあって。ただ最近は、音ひとつひとつのディテールに強くこだわるようになりました。前までの僕は、曲作りを“音の組み合わせ”だと考えているところがあったんです。僕自身がその作り方に飽きていたのかもしれません。組み合わせだけで考えると、アレンジもうまくいかなくなってきて。ある時、「この音があまりカッコよくないなー」と思うことがあって、その部分だけを修正したんですけど、うまくいったんですよ。
― 面白いですね。それは具体的にいつ気付いたんですか?
C: その都度気付きはあったんですけど、やっぱり決定打になったのはミニマルな曲が多い『SUPER DANCE TOOLS Vol.1』ですかね。あれって、語弊を恐れずに言えば全部音の配置が同じなんです。すべて4つ打ちで、音数も少ない。でもそれぞれの音にこだわると、全然違う印象になるってことが分かりました。
― 『SUPER DANCE TOOLS Vol.1』の凄さって、まさにそこですよね。キックの種類が豊富だし、何ならそれだけでもう成立してしまうぐらい一音一音のクオリティが高い。
C: Native Instrumentsのドラム音源、BATTERYを主に使っていて、ドラムセットはそこから引っ張ってきてますね。大体の音楽ジャンルのビートはこれで作れるんじゃないかってぐらい、色んなビートがあります。この中から曲に合いそうなキックを探して、それをもとにドラムセットを組みます。このサンプルパックに関しては、『Declare Victory』(2019年)ぐらいから使ってます。1曲目の「Transonic Flight」から、BATTERYのビートをサンプリングしてるはずです。『SUPER DANCE TOOLS Vol.1』とは全然違う内容なんですけど、それに対応出来てしまうぐらい豊富なサンプルがあるんですよね。
― ビートの選別はどう進めてゆくのでしょうか?
C: まずは自分が好きなサンプルをBATTERYから呼び出して、ひとつひとつ検討してゆきます。キックの種類だけでも膨大な量があるので、それぞれ比較しながら進めてゆきますね。たとえばキックを選んだとして、909や808を筆頭としたサンプルが山ほど出てくるんです。そして、そのニュアンスもアコースティックだったりアナログに変えられる。BATTERYの良いところは比較が楽なところですね。たとえばAラインにドラムセットを組んだとして、Cラインには予備のサンプルを置いておける。そうすると、たとえばキックとスネアとリムを組んだ時、気に入らないパーツがあれば予備のサンプルと瞬時に取り替えられるんですね。下の画像を例に出すと、Aの机に置いてあるのがメインパーツだとすれば、Cの机に予備のパーツが載っているってイメージです。
C: BATTERYはサンプルのひとつひとつにエフェクトかけることもできるんですけど、僕が目指す90年代のバイブス感はドラムセット全部にエフェクトかけてしまったほうがよくて。当時は、今みたいにこういうDAWがなかったと思うんですね。恐らく何かしらのハードウェアを使って、ドラムセットを構築していったんじゃないかと。そう考えてゆくと、僕もドラムセットを一回組んでしまって、そこからエフェクトをかけたほうが僕にとっては都合が良い。
― 自分から制限されに行くってことですね。
C: そうですね(笑)。融通は利かないし手間もかかるんですけど、こちらのほうが年代感は出せるように思います。何より、ある程度制限があったほうがアイデアが沸く。で、他のプロダクションに移るときに、また違うエフェクターやコンプレッサーを立ち上げたりします。Native InsrtumentsのエフェクトのSUPERCHARGER GTやDRIVERとか、Ableton LiveのSaturatorを使用したり、その他にもフリーソフトの中には有用なものもあるので、そういったものを使用しています。
― 曲によって様々だとは思いますが、エフェクターはどのタイミングで登場することが多いですか?
C: いやー、本当に曲によりますね。ベース単体にかけたい時もあれば、全体の音を歪ませたい場合はマスター音源に乗せることもあります。そして使い方も、僕の場合は開発者の方が予期していない方法で使用しているのかもしれません。たとえばSUPERCHARGER GTはコンプレッサーなんですけど、コンプレッサーとしてだけ使うってことは少ないです。真ん中の大きなノブがコンプレス用なのですが、僕がよく使うのは左右の“Saturation”と“Character”ですね。どちらもクセのあるエフェクトで、曲に独特な表情をつけたい時なんかに使います。僕が気に入ってるのは、一番右側にあるノブです。エフェクトのかかり方っていうんですかね。ステレオやモノラルはもちろん、“MS”処理にすると左右の広がった部分だけ強調するような効果を得ることができるんです。この機能に関しては、他のコンプレッサーソフトウェアではあまり見ないような気がします。
― まさしく90年代の粗いビートを再現する点では、『SUPER DANCE TOOLS Vol.1』以降のプロデュースでこのソフトは活躍してそうですね。
C: そうですね。『SUPER DANCE TOOLS Vol.1』で言えば「Quica Loop」でSUPERCHARGER GTを使ってますね。ただ、やはりコンプレッサーとしては使っておらず、SaturationとCharacterで曲の表情を整えてますね。僕の意図としても90年代っぽい汚れた印象にしたかったんで、エフェクトではハードなニュアンスに処理してます。
― プロデューサーにとっては、本来の使い方ではない方法論でエフェクターを使うことは日常なのでしょうか?
C: どうなんでしょう。曲を作ってて閃くことはあると思います。DRIVERも結構それに近くて、本来はディストーションとフィルタ-エフェクターなのですが、僕はそれ以外の使い道があると思ってて。このエフェクターも、SUPERCHARGER GTと同じくらい独特なんですよ。レゾナンス(RES)を上げ過ぎると、サンプリングした音が発信音みたいに変化するんですよ。その発信音がギリギリ生じないところを狙うと、中音域がよく出る。なので、僕がDRIVERを使うときはShattered Glass Audio社のSGA1566ってフリーソフトも併用してます。このエフェクトを通すと、低音域と高音域がよく出る。
C: で、いつかの機会にこの発振音を意図的に使ってみたいんですよ。発振音にLFOかけてピッチを揺らし、その周期をめちゃめちゃ短くするとクールなノイズになるんじゃないかと考えてるんですね。端的に言うと、FMシンセみたいな使い方ですね。ソフトウェアには堂々とAMって書いてあるし、まだ僕もアイデアだけで曲作りには反映できてないんですけど。DRIVERは偏屈さが好きですね。実はパソコン音楽クラブの西山君ともこのエフェクターについて話したばかりなんですよ。
― 無理やりポジティブに考えるならば、今はライブやパーティが出来なくとも、そういうアイデアのシェアに時間が使えるのは良いことかもしれませんね。Guchonさんとの共作『Home Workout Trax』も素晴らしかったですし。あのEPもめちゃくちゃ90年代バイブスじゃないですか。
C: そうですね。あの曲も「90年代」っていうコンセプトから決めて、“BPMは135で”みたいに曲の骨組みも順調に出来上がっていきました。最初にGuchonさんからアシッドなベースラインが送られてきて、僕がそれにドラムをつけていくっていう段取りでしたね。Guchonさんは基本的にDAWでなくハードで曲を作るプロデューサーなので、やり取りはMIDIデータでなくステムでした。なので、ほとんどやり直しが利かない(笑)。「データで差し替えられないから、このオーディオファイルでフィックスするつもりで送らなければ」という緊張感を持ってやれました。ちなみに、この曲もBATTERYでドラムパターンの基礎を作ってますね。
― なんと…、曲のやり取りからして90年代だったわけですね!
C: 僕にはそれが良かったですね。「あとで編集しよう」って選択肢が限られると、曲作りに勢いが出ます。さっきの自分から制限されに行く話にも繋がるかもしれませんけど、今の僕が求めているのは、そういう“不可逆性”なのかもしれません。自分ひとりで曲を作るよりも色々なことが見えました。
― 今後もテクノロジーの発展と共にプロダクションの幅も広がってゆくと思います。時代感の再現も今より容易になるかもしれません。それを踏まえて、今のCarpainterさんが将来的にテクノロジーに期待することは何かありますか?
C: 僕は自由度の高さとランダム性を同時に求めてしまうところがあるので言葉にするのが難しいんですけど、最近TB-303のクローンを自作してらっしゃる方がTwitterでバズってるのを見かけまして。任意でリロードができるので、当然実機よりも自分用にカスタマイズできるんです。プログラムも全部自分で組んでるっていう。それがすごく羨ましくて。…まぁ機材のこと勉強して「お前も自分で作れ」って話になると思うんですけど、なかなかキリがないじゃないですか。なので、僕としてはUIの中に入り込めることを前提としたソフトウェアができると嬉しいですね。今のところMax for Liveが一番近いですかね。あれはオープンソースだし、自分でも書き換えらえる。…ということを考えると、うーん、やっぱり自由を求めてるんでしょうね(笑)。
Carpainter (TREKKIE TRAX)
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Interview: Yuki Kawasaki (Mixmag Japan)