モンゴルの将軍。世界的なバレーダンサー。サハラ砂漠の蟻。ひつじのショーン。Coldplay。シムピープル。論理的に考えると、これらのものには共通点が無いようにみえるが、英国の作曲家であるIlan Eshkeriは例外で、これら全てに関わっている人物だ。43歳になる彼は、20年以上に渡って、壮大な作品から身近な作品まで常に渾身のサウンドトラックを手がけてきた。Eshkeriの仕事は、映画、TV、ゲーム、Amon TobinやColdplayのオーケストラアレンジメントなど多方面に渡り、その他に珍しいものだと、パリのチュイルリー庭園のための12章からなる交響詩や、宇宙飛行士Tim PeakeのPrincipiaミッションのための音楽も制作した。
「全部ストーリーなんだ」とEshkeriは言う。「何のための音楽であっても、例えばダンス曲でさえも、ストーリーについて考えることはとても役に立つし、何かを行うことはストーリーを物語るということなんだ。抽象的な感情を伝えようとするときでも、物語としての流れはあるよね。多くの人々はただ音楽を作ることだけに専念しているけど、それは作曲の本当の仕事じゃない。本当に大切なのはストーリーテリングなんだよ」
クラシック音楽と共に育ったEshkeriは、4歳からバイオリンを、13歳からはエレキギターを弾き始め、母親が働いているチャリティオーケストラの練習場所に座っていたことで知らないうちに才能に磨きをかけていった。「毎週木曜日の夜は、90人編成のオーケストラがリハーサルをしている横で、いつも宿題をやって過ごしてたんだ」と彼は言う。「前方、後方、横、といろんな場所に座ってたから、違った楽器がそれぞれ何をしているかよく理解するようになった。そのおかげで今では、オーケストラサウンドで何ができるのか頭の中ではっきりと思い描くことができるよ。楽器がどこで一番良く響くかと、異なる楽器でどのキーが一番ぴったりハマるかについて理解することはとても大切だね。例えば、Bフラットは弦楽器にとっては良くないキーだけど、金管楽器にとっては素晴らしいキーなんだ。『なんてこった、そんなに難しいことを大量に学ばなきゃいけないのか』と近づきがたいイメージを持つかもしれないけど、4つの弦楽器があって、金管楽器が4つ、木管楽器も4つ。そこから様々なバージョンがあるけど、たった12個の楽器なんだよ! GoogleやYouTubeを使えば1週間ぐらいで学ぶことができる。楽器でできる事や楽器について学ぶことは大切で、なぜなら、サンプルはストーリーの10%しか教えてくれないからね」
Eshkeriが録音したサウンドとKONTAKTで使っているサンプル
全てのサンプルがオーケストラに実際置き換えられるという訳ではないが、現代のサウンドトラックの制作過程においてサンプルは大部分を占めているとEshkeriは説明する。Eshkeriは英国の作曲家であるMichael KamenとEdward Shearmurの元で19歳の時にキャリアをスタートし、ロンドンの有名なAbbey Roadスタジオで何回も夏を過ごした。「僕が仕事を始めた頃は、2インチのテープがまだ録音に使われていて、Pro Toolsは新しい機材だった。それで、僕を雇っていた作曲家のために、新しいデジタル機材の使い方を学ばなくてはいけなかったんだ。当時、サンプリングにはまだEmulatorsやKurzweilsが使われていて、Hans Zimmerがキャリアを始めた頃だったんだけど、自分で録音したサンプルが使えるようになって世界が大きく変わったね。そのすぐ後、コンピュータ用サンプラーのGigastudioが登場し、その少し後にNIがKONTAKTと一緒にやってきて、今に至るってわけ! でも、大きな業界内変化が急に起きて、クライアントがピアノのスケッチだけじゃなくてオーケストラシンフォニーのデモソングも要求するようになってきたのは、僕が20代の頃だった」
サンプル的なサウンドのオーケストラ曲を耳にすることが増えてきているんだけど これは勉強が足りないことを意味してる。だから僕は もっとみんながオーケストラについて学んで欲しいと強く感じてるね。
「コンピュータを使うことの良い点は、聴き手になれることだね」と彼は続ける。「曲の中で何かを試した時に、座って聴いてみて、好きか嫌いか判断することができるよね。異なるバージョンを保存しておくこともできるし、違うことを永遠に試し続けることもできる」VSTインストゥルメントを使ったデモ曲なら、記譜したり演奏者に連絡を取る前でも、確認のために映画ディレクターやプロジェクトメンバーに聞かせることもできる。「サンプルは、ある場所から次へと進めてくれるツールなんだ」とEshkeriは説明する。「そのことがKONTAKTを制作過程の一部としていつも使っている理由だね。とてもインタラクティブで簡単に使えて、クリエイティビティの邪魔にならないからね。複雑な面もあるけど、シンプルで基本的なことをやりたい時は手軽に使えるから、スタジオで大変使いやすいツールなんだ」Eshkeriは特にKONTAKTのSymphony Seriesのドラム、ティンパニ、チェレスタが気に入っていて、生楽器を自分で録音したサンプルで自分専用のKONTAKTインストゥルメントも作っている。
Ilanは今でもコンピュータで作った曲を人間に生演奏してもらう手法を強く信じていて、それが可能でない時は、コンピュータと生演奏の両方を混ぜ合わせる手法を取っている。「最近、バーチャルな楽器を使った作曲方法は本当に複雑になってきているし、できる事に対する期待も大きい。でも、僕自身がやることについては全て、常にリアルでありたいんだ。業界の中では、サンプルを使うことについて大きなプレッシャーがあるけど、僕はパフォーマンスも必要だと考えてる。ハートと魂が必要だからね。芸術は、根底の部分では、本物かどうかが重要で、そうでなければ価値がない。サンプルの危険な点は、人々が楽器のリミットではなくサンプルのリミットの中で作曲し始めたことなんだ。そのために、サンプル的なサウンドのオーケストラ曲を耳にすることが増えてきているんだけど、これは勉強が足りないことを意味してる。だから僕は、もっとみんながオーケストラについて学んで欲しいと強く感じてるね」
それは常にフルオーケストラが使えるという意味ではないと、Ilanは素早く説明を加えた。「多くの場合は、そんなこと無理だよ! Ralph Fiennesの映画に関わっていたんだけど、全部をソロのバイオリンとソロのチェロで作曲しなきゃいけなかった。大きな列車の衝突シーンがあって『バイオリンとチェロだけでどうやって大きな列車のための曲を作ったらいいんだ?』と始めは思ったんだけど、全てはクリエイティビティで解決するんだよね。しばしば制限によって追いこまれることで、興味深いものが生まれるんだ」
プロジェクトの規模の大小に関わらず、Ilanは常にビジョンの枠組みから仕事を始める。「アイディアが必要なんだ。そして、そのコンセプトがどんな音楽を組み立てていくかの基盤になって、目的や意義のヒントになっていく。ゲームの「Ghost of Tsushima」の仕事の時は、伝統に基づいていることと日本の音楽がコンセプトだった。日本のハーモニーの枠組みの中で仕事をしようと決めたんだけど、とても複雑だったね。西洋音楽は12音のスケールだけど、日本の音楽はそれとは異なる5音のスケールなんだ。だからもし、一千年以上に渡る日本の伝統的な手法を使ってハーモニーの中だけで作曲しようとすると、大変制限が多いものになってしまう。「日本の楽器をオーケストラに合わせるために、どうしたらいいんだろう?」とずっと考え続けて「もし西洋のオーケストラの演奏を日本の調性とスケールの中に閉じ込めたとしたら、どんな結果になるんだろう?」という所にたどり着いた。伝統的な日本の音楽は一種の単旋律音楽で、西洋音楽のようなコードやハーモニーはない。だから、5音のスケールから成るコードのシステムや作曲方法を作り出したんだけど、ルールを決めたあとは、今度は自分でルールを破り始めたんだ!」
Eshkeriは「Ghost of Tsushima」のために、日本から遠く離れた場所で日本音楽を学んだだけでなく、日本文化と伝統音楽の中にどっぷりと浸かった。「尺八、琵琶、太鼓や様々な打楽器、琴、日本のソロの女性歌曲、三味線を使ったんだけど、一般的にこれらが全部一緒に使われることはあまりないので、ソロとして使ったんだ。とても忍耐強く素晴らしい音楽家ばかりが一緒に働いてくれて、楽器の特色や演奏方法について時間をかけて教えてくれた。例えば、琴 (ツィタータイプのプラック楽器)は5音を2オクターブ半の中で演奏して、スケールを変えることもできるんだけど、演奏中は変えてはいけないんだ。そして、音を半音上げたり、時として低音だったら1音分上げることもできる。そして、それで終わり。そこが制限なんだ。日本のフルートである尺八は琴とはまた違う制限があって、半音を吹くことはできるのだけど、1音になるとやりすぎになる。もちろんサンプルライブラリを使えば、立ち上げるだけでスケールのどの音でも演奏することができるから、実際の何が可能なのかについて考える必要がなくて簡単だけど、今回の場合は特に、実際の使われ方を考慮しながら楽器のために曲を書きたかったんだ」
「一番好きな楽器は薩摩琵琶で、昔、侍が叙事詩を語る時に使われていた。その伝統は今ではほとんど失われてしまったけど、上田純子さんという素晴らしい女性が今も伝統を保持していて僕に教えてくれたんだ。これまで一緒に働いた音楽家の中で、一番ソウルフルで素晴らしいミュージシャンだよ。Ghost of Tsushimaのアルバムに「Forgotten Song」というタイトルの曲があるんだけど、そのメロディは上田さんが歌ってくれた仏教の声明のものなんだ。僕はそのメロディをアレンジしてオーケストレーションしたんだけど、メロディ自体は一千年以上もの古いものだから、聞くたびに魂を震わせるんだ。芸術の素晴らしい点は、単なる音の集合体をはるかに超えた地点があるということだね。意味を持ち、重みや歴史を伝え、それらが深いレベルで繋がっているんだよ」
KONTAKTが制作に役立った4曲
「自分独自のサンプルをよく作ってるんだけど、今回の記事で紹介している曲の中でも、自分で録音した音を使ってるんだ。もう一度言うけど、クリエイティブなプロセスの邪魔にならないことが重要なんだよ。音を作って、録音して、素早くサンプラーに取り込んで、作業に取り掛かる。できる限りシンプルで直接的に進めたかったんだけど、KONTAKTは素晴らしくぴったりだね」
“Way of the Ghost”
「これは『Ghost of Tsushima』のテーマ曲で、最初に書いた曲のうちの1つだね。使われるかわからなかったんだけど、最終的にこの曲が採用されて嬉しいね。とてもシンプルな楽曲で日本の5音音階を使ってる。つまり、曲全体を通してたった5音しか使っていないんだ。最初はこのドローンから始まって… ドローンが一番大きくなる部分は、特別な場所で弓を使った特殊な奏法で演奏したバイオリンのサウンドをKONTAKTのサンプラーに入れたものなんだ。そのサウンドは曲の全体を通して使っているよ。演奏した時はとても静かなサウンドだったんだけど、サンプラーでテンポを少しだけ遅くしたら、弓の微細な音の美しさが際立って聞こえるようになった。その後、リバーブかディレイを少しかけてボリュームを上げたら、とても興味深いサウンドになったんだ。曲の中でドローンは最初と最後の部分に出てくるんだけど、とても豊かな音のベッドを作ってくれてるね」
“Khotun Khan”
「一般的に、ゲームのキャラクターはそれぞれ自分だけのモチーフやメロディを持っていて、この曲は『Ghost of Tsushima』の悪役のKhotun Khanのテーマなんだ。この時も、楽器でサウンドを作って、KONTAKTにサンプルした。使った楽器は、マレーシアの島で何年か前にみつけた『Redwood』って呼んでる楽器で、ネックは大きくて太く、下の方にヘビ皮の小さなドラムがついてるんだ。チェロみたいに演奏できるんだよ。鉄の弦が3本あるんだけど、ペグを1つ壊しちゃったから、1本の弦はきつく締めれないんだ。だから、バイオリンの弓を使って演奏したんだけど、ゆるんだ弦を引くとピッチが変わって、弦が弓から離れると変な音がするんだ。この音をKONTAKTのサンプラーに取り込んで、ピッチを下げて演奏した。5音ぐらい下げたんだけど、キーがまだわかる低さで、とても面白い効果が得られたんだよ」
「このサウンドがとても気に入ったので 『オーケストラの弦楽器か金管楽器のセクション全部を使って演奏して、壮大な形で再現することはできないかな?そのためにはどんなスコアを書いたらいいんだろう?』と考え始めた。そこで、スコアに表現するために、紙に黒い三角形なんかを色々たくさん走り書きして試して、オーケストラにも演奏してもらって、最後はなんとか完成することができた。こうして、Khotun Khanが1人でいる時にはいつも僕がRedwoodを演奏している音が流れて、彼が軍隊を率いて立っている時にはオーケストラバージョンが流れることになったんだ。最終的にとても効果的になったと思うし、制作過程でKONTAKTはすごく役に立ったね」
“Silver Ants”
「サハラ砂漠に棲むアリであるシルバーアントは素晴らしいね。砂漠では太陽が昇ってくるととても暑くなって、動物たちはどこか隠れる所を探すんだけど、シルバーアントは最後の最後で外に出てきて、何か漁って食べられるものは無いか探すんだ。逃げ遅れたり、死にかけたりしている獣の残骸とかそういうものだね。でも、暑くなるまでに本当に短い時間しかないから、アリ達も死と隣り合わせで時間に追われてる。シリーズの中でこのシーンをみて『アリの強盗映画だ』って思ったんだ。彼らは食べ物をみつけて戻ってくるまでに10分しか時間がなくて、途中で問題が起きたり、乗り越えなくてはいけない挑戦が色々ある。本当に素晴らしいんだよ。だから、音楽も最初からずっと力強くするべきだと思って『もし強盗映画だとしたら、どんなアプローチを取ろうか?』と考え始めた。まず最初に考えたことは、JUNO、Arturia MiniBrute、OberheimのレプリカのVSTなどたくさんのシンセを使うアイディアだった。でも、アリだからオーガニックな要素も必要だと考えて、バイオリンをとても早く弾いたりスクラッチサウンドを演奏してKONTAKTのサンプラーに入れたんだ。バイオリンのサウンドは全部転調させたんだけど、サンプラーの中で録音したり音程を動かしたりできることは便利だね。一番最後にオーケストラが加わるまでは、シンセとソロバイオリンとほんの少しだけのパーカッションなんだ。(ちなみに、パーカッションも最終的にはサンプラーの中で作った) このシリーズでは、それぞれの動物のセクションを曲みたいにしたかった。映画のサントラ風じゃなくて、それぞれが曲のように聞こえるというアプローチはネイチャードキュメンタリーではあまり無いことだから、僕にとって挑戦だったね。ほとんど全部のトラックにポップミュージックの要素があって、印象的なメロディによって、動物や住んでいる環境についてのストーリーを語っているんだ」
“A Perfect Planet”
「『地球のパワーと壊れやすさの物語』はこのシリーズのキャッチコピーで、メインキャラクターは我々の星である地球なんだ。このシリーズでは、地球がどのように全ての生命が存在できるような気候を提供してくれているかについて学ぶことができるから、『母なる自然』というアイディアを元にしてテーマ曲を書きたくて、それを表現する一番いい方法は人間の声を使うことだと考えた。このシリーズでは、世界のどこかに動物のキャラクターとして存在している時は、地球上にズームインして人間の声のテーマ曲が流れる。反対に、宇宙にズームアウトする時は、同じテーマ曲なんだけど、とてもシンプルなピアノサウンドが遠くから聞こえてくる。こういったネイチャー系の番組では何回も繰り返し出てくるテーマ曲が使われることはあまり無いんだけど、この番組にはテーマ曲があるんだよ。メジャーの時もマイナーの時もあるんだけど、常に、ボーカル、ピアノ、ストリングスのアルペジオ、もしくは、それらの組み合わせで出てくる。こうすることで、とてもドラマチックな効果を生み出せるんだ。演奏には本当にたくさんの人達が参加してくれたよ。AshのTim Wheelerはギターを、KasabianのTim Carterはドラムを演奏してくれたし、Chad Hobsonという名前の素晴らしい作曲家兼ボーカリスト、新進フォークシンガーのDaisy、そして、いくつかの子ども合唱団やプロフェッショナルな大人の合唱団も歌ってくれたんだ。最初の2つのエピソードはロンドンで録音したんだけど、その後は、パンデミックのためにオーケストラの録音ができなくなってしまった。だから、素晴らしい作曲家で友人のAtli Örvarssonがアイスランドでストリングスを指揮してくれたんだ。この番組にぴったりの、地球規模でのコラボレーションだね。人々が気候変動やサステナビリティについて真剣になって協働して、変化が起きることを願っているよ」
Ilanによる「A Perfect Planet」のサウンドトラックが発売中。ストリーミングや購入はこちらから。