音楽制作とは複雑な挑戦であり、プロアマを問わず、誰もが共通の問題に直面する。あなた自身もそれらの問題を、時には無意識に、時には1人で抱え込んでいるかもしれない。この記事ではプロデューサーが起こしやすいミス、そしてそれらの改善方法をご紹介しよう。
1. 潰れたドラム
これは初心者に限らず、多くのプロデューサーが起こす代表的なミスだ。音量を上げるためにパーカッションに強めのコンプレッションをかけることは常套手段である。コンプレッサーは便利なツールであり、特にパーカッションには効果的だが、過度な使用は逆効果だ。最高のツールこそ、適切に使用する必要がある。コンプレッサーの効果的な使い方を学んで、ダイナミックレンジを強調し、音量バランスを整理しよう。
過度なコンプレッションを避けるにはパラレルコンプレッションがおすすめだ。お使いのコンプレッサーで様々なアタックやリリース設定も試してみよう。2:1から4:1のコンプレッション比率から始めて、必要な場合のみ比率を上げてみよう。
2. 足すのではなく引く
「このトラックの音量小さすぎない?」と自問した経験は誰にもあるだろう。主役のパートが目立たないという問題に悩まされることは制作過程の1つと言っても過言ではない。聴こえなければ音量を上げれば良い、と考えるのが普通だが、それは間違いだ。なぜなら1つのパートの音量を上げれば、別のパートが聴こえなくなる。そして連鎖的に他のパートの音量を上げ続けることになり、すぐに音量メーターが振り切ってしまうだろう。
目立たせたい要素がある場合はその他の要素の音量を下げてみよう。逆説的に感じるかもしれないが、その方が適切な音量バランスを維持したまま、曲の良い要素を保つことができる。
3. トランジェントに注目
デジタル制作は音楽に革命を起こし、我々に数々の便利なツールを与えてくれた。しかし、我々はそれらのツールが意図した動作をしているか、確認を忘れがちだ。例えば開始位置を確認せずにオーディオをレンダリングしたり、書き出したりしてしまうのはよくあるミスの1つだ。お使いのDAWによっては新規のオーディオに対して自動的にフェードインをかける初期設定がなされているものも存在する。その結果、意図しないフェードインが原因でトランジェントが切られてしまい、曲の入りがぼやけてしまうことがある。キックドラムから始まるダンストラックなどが良い例で、プロデューサーがクリップのフェード確認を怠ってしまうと、最初のキックドラムのトランジェントが切られてしまう。
このミスを回避するおすすめの方法は全てのオーディオファイルのクリップを確認することだ。特にドラムには注意しよう。更に良い習慣として、マスタリングの前に100ミリ秒程度の無音部分をセッション頭に追加してみよう。そうすることでレンダリングの工程で音が切られることを防ぐことができる。
4. 変化がない
これはクリエイティブな問題であり、分野によっては物議を醸し出すかもしれない。音楽というのは僅かであっても、時間の経過と共に変化すべきものである。中には不変的な表現を目的とした素晴らしいミニマリスト的なアプローチも存在するが、そのような音楽にも最低限の変化はある。どんなに優れたループ素材も繰り返すだけでは飽きてしまう。たとえ曲尺を持ち堪えたとしても、少しの変化があればより良いものになっていたはずだ。例えばパーカッションを数小節抜いて、それを戻す時にキックを抜いて、キックを戻す時にフックにフィルターを足して、ベースラインのフェードアップと共にそのフィルターを開け閉めして、全ての要素を抜いて主役のトラックに16小節のソロを任せて、最後に全てを戻すなどの構成が考えられる。ミニマリスト的なアプローチだが、少ない要素を最大限に活かす方法だ。
アレンジのアイデアを見つけるおすすめの方法はメモ帳を片手に良質なトラックを聴くことだ。音楽の中で発見した変化は全てメモしよう。聴き終える頃には次の作曲で使えるアイデアが溜まっているはずだ。
5. 音が多すぎる
「このままでも悪くない。しかし、もう1つメロディが必要だ…」
こういった状況は誰もが身に覚えがあるだろう。この音楽制作の最もよくある問題に対する解決策には抵抗し難い魅力がある。種類豊富なシンセ、サンプル、音色、そしてチャンネル数制限のないDAWがあればトラックを足すことは簡単だ。しかし、トッピングを増やす事でピザが美味しくなる訳ではない。ただ食べづらくなるだけだ。人間が識別できる音数には限りがあるので、我々には2つの選択肢が残されている。曲の要素を減らすか、アレンジの中で交互に登場させるか、の2択だ。後者は1つ前にご紹介した「変化がない」の解決にもなるので、一石二鳥だ。メロディが多すぎる場合は省く前に、セクションで使い分けてみよう。トラックが整理されたことで各要素が自然と目立ってくれるはずだ。
ファッション界の巨匠、ココ・シャネルが残した「Before you leave the house, look in the mirror and take one thing off (家を出る前に、鏡を見て1つの物を取り外しなさい)」という言葉には得るべき教訓がある。曲を聴いて、各トラックを1つずつミュートしてみよう。ミュートによる変化が一番少なかったトラックを省くことで、より質の高い曲に仕上がるかもしれない。
6. EQを活用しよう
アイデアの重複と同じく、サウンドの重複も問題だ。もしもベースが中音域を占領していたら、フックの居場所は?もしもボーカルの低音成分が強すぎたら、他の低音域パートの居場所は?作曲やプロデュースを行う際は「この音の正しい居場所はミックスのどの部分だろう?」と自問してみよう。全ての音には適切な居場所が必要だ。ドラムの打音などは短いのであまり気にすることはないが、メロディ、ベースライン、ボーカル、パッドなどの要素にはそれぞれ効果的な音域が存在する。各パートがどの音域を使用すべきか考えながら作業してみよう。
曲を構成する様々なレイヤーを整理するにはシェルフEQがおすすめだ。例えばベースの高音域を任意の値で削ったり、メロディの低音域を削ることでベースの居場所を作り出したりすることができる。たった2 dB下げるだけでもミックスが改善する可能性があるのだ。
7. プリセットやサンプルのみに頼る
レストランでスーパーマーケットの食品をそのまま提供されたら、とてもがっかりする事だろう。DAWにプリセット収録されたサウンドやサンプルのみで作られた曲を聴かされる人も同じ気持ちだ。あなただけの表現をするには、あなただけのサウンドを作れる事が長期的に大きなメリットになる。ユニークなサウンドを作るのに、グラニュラーシンセシスの達人や膨大なモジュラー機器の所有者である必要はない。伝統的なサウンドもアップデートによって生まれ変われる。例えばロックギタリストは自分のサウンドを少しでも差別化するために、音作りに多くの時間を費やしている。小さな変化は大きな差を生み、あなたに全てをコントロールしているような実感を与えてくれるだろう。
8. 全パートが常に鳴っている
これは制作のあらゆる側面に関係するという意味では、やや抽象的な問題だ。あなたの曲は「全て」になろうとしていないだろうか?メローでピークタイムにピッタリなバンガー系チルアウトのアンセム曲になっていないだろうか?全てを追う者は、何も手に入れられない。もしも「この曲のフックとベースラインはどちらが重要ですか?」という質問に「両方」と答えた場合は一歩下がることをおすすめする。優れた曲とは素晴らしいアイデアが障害なく提示される曲のことだ。
この「全てを追い求める」姿勢はプロデューサーにも見られる。多くのプロデューサーは全てのリスナー層に対応しなければならない、というプレッシャーを抱えているのだ。あなたがバンガー系とチルバイブス系の二刀流を目指したとして、両方のジャンルに共通のファンが付いてくれるだろうか?あなたの才能はどちらのジャンルにも向いているだろうか?それよりも、あなたが最も好きなジャンルを見つけて、金を発掘するまで掘り続けよう。時間がかかるかもしれないが、深さ1インチの穴を30個掘るよりは目的に近付けるはずだ。
9. 完成しない!
これが最大の落とし穴だ。この項目を予測していなかった方は、永遠に曲を完成させないためにこの記事を読んでいるのかもしれない。プロデューサーの価値は完成したトラックで決まる。世の中には自身の未公開トラックの素晴らしさについて語るプロデューサーがたくさんいる。これはチクッとする話だが聞く必要がある。曲を完成させるよりも、キラーチューンであると信じることの方が容易い。しかし、曲の品質は完成するまで分からない。プロデューサーにとってアイデアを完成させる技術は最も重要な能力なのだ。それがなければ、どんなに素晴らしいアイデアもハードドライブの中に閉じ込められたままになってしまう。
曲が完成したら、我々の仲間であるiZotope社がご紹介している初歩的なミキシングの落とし穴のページもチェックしてみよう。
今回ご紹介したミスは誰もが起こすものだ。失望する必要はない。新しいプロジェクトの数だけミスを防ぐチャンスがある。これらの改善策が、音楽制作の落とし穴を避ける手助けになることを願っている。さぁ、音楽を作り続けよう!