FMシンセシスはエレクトロニックミュージックに欠かせないシンセサウンドを生み出してきた。FMベル、エレクトリックピアノ、優美なパッドなどの音色は80年代から90年代のサウンドトラックを彩り、最新のFMシンセは現代のプロデューサー達にとっても強力なツールであり続けている。それと同時に、FMには「難しいシンセシス」という印象が強くあり、その複雑なインターフェースや専門用語は多くのライトユーザーの参入を拒んでいる。
FMシンセシスとは何で、どのような仕組みなのだろう?この記事ではFMシンセシスの謎を紐解き、プリセットを使用しない、オリジナルのサウンドを作る方法をご紹介しよう。FMシンセシスの背景にある原理、技術、専門用語に加えて、その歴史についても解説する。その後に、FMシンセシスの実用例として、Native Instruments FM8の強力なオーディオエンジンを使用した、実用的なクリーンサウンドの作り方もご紹介しよう。
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FMシンセシスとは?
FMはFrequency Modulation(周波数変調)の略称だ。FMシンセシスの基本的な仕組みは波形Aを使って波形Bの周波数をモジュレートすることで新たな波形Cを生み出すことであり、この波形Cはとても複雑な波形になる。
波形Aで波形Bをモジュレートする、というのはどういう意味なのか?例えば、シンセのLFOをオシレーターのピッチにアサインすることでビブラート効果を生み出す、というのも周波数変調の一例だ。仮にこのLFOの値を極端に上げると(毎秒に数百、数千単位の振動数の場合)ピッチだけではなく音色に変化が現れ、FMシンセシスらしいサウンドが生まれる。専門用語的にはLFOが「モジュレーター」波形としてオシレーターの「キャリア」波形に変化を与えている状態だ。
この方法では複雑な波形をシンプルなオシレーターの組み合わせのみで作り出すことできる。一般的なサブトラクティブシンセシスやその他のシンセシス方式に比べて、個性的な面白いサウンドを作るのに適しているのだ。
FMシンセシスの用語解説
FMシンセシスの世界に飛び込む前に、まずは基本的な専門用語をマスターしよう。これらの用語を理解すれば、FMシンセシスに対する恐怖心が和らぐはずだ。
FMシンセで使用されるシンプルな波形は「オペレーター」と呼ばれ、サブトラクティブシンセなどで使用されるオシレーターの名称とは異なる。FMシンセのオペレーターには2つの役割があり、別のオペレーターをモジュレートするために使用される場合は「モジュレーター」、シンセのアウトプットに配線されている場合は「キャリア」と呼ばれる。FMシンセシスは基本的にこの「モジュレーター」と「キャリア」の組み合わせで作られている。
FMシンセはモジュレーターとキャリアの配線方法によってサウンドが決まる。定番のFMにはユーザーが選択できるプリセット設定が複数備わっており、各設定は「アルゴリズム」と呼ばれる。Native InstrumentsのFM8などの最近のFMシンセでは、ユーザーがアルゴリズムを自由に調整することができる。
FMシンセのオペレーターは音楽的なピッチ関係になるように周波数を設定することで、ベストな結果を生み出す。そのため、基本的にオペレーターは絶対音程(Hz)ではなく、基本周波数(鍵盤やピアノロールで演奏される音符)と相対音程のように考えて設定される。この関係性を「周波数比」と呼ぶ。例えば周波数比1であればオペレーターの周波数が基本周波数と同じ、周波数比2であれば基本周波数の2倍(オクターブ上)という意味になる。
FMシンセシスの基本レシピ
FMシンセを使いこなすには、基本的なレシピを知ることが近道だ。例えば、周波数比1でキャリアをモジュレーターでモジュレートした場合、モジュレーターの音量を25%ほど上げることでノコギリ波のような倍音豊かな波形を作ることができる。モジュレーターの周波数比を2にして、音量を75%ほど上げれば、三角波の出来上がりだ。
もちろん、これらの基本レシピの先には刺激的な世界が待っている。例えばモジュレーターを不調和な周波数比(例えば1.1など)に設定すればクランチのある不調和なサウンドが生まれ、とても高い周波数比(16, 18, またはそれ以上)に設定すれば全く異なるサウンドが生まれる。そして各オペレーターに備わった音量と音程のエンベロープを調節することで複雑な倍音を持つアタックとシンプルなテールのプラックサウンドのような、時間の経過と共に倍音成分が変化するサウンドを作ることもできる。
FMシンセシスの歴史
FMシンセシスはJohn Chowningという男性から始まった。スタンフォード大学で働いていたChowningは1960年代に新たなシンセシスの手法として周波数変調の実験をしていた。スタンフォード大学がこの発明の特許を取得し、日本の楽器メーカーであるYamahaに使用許諾を与えた。アナログオシレーターの不安定なピッチはFMシンセシスに不向きだったため、Yamahaはより適したデジタル領域での適応を試みた結果、世界初の商業用FMシンセであるYamaha GS-1は1980年にようやく完成した。そして、1983年にリリースされた後継機種のDX7はシンセサイザー界のマス市場に革命を起こした。
Yamaha DX7は当時のアナログサブトラクティブには類がない、革新的なサウンドを持っていた。その音は正確で明るく、16声のポリフォニーなどの新機能が搭載されており、音響的な特徴、製品的な強みとして、DX7はオルガン、エレクトリックピアノ、そしてベルなどの実在する楽器を再現していた。革新的な機能とお手頃な価格設定のおかげで、DX7はシンセの歴史上最も商業的に成功した商品、デジタル時代を代表する名器となった。
FMシンセシスの今
FMシンセシス誕生の背景にある「最低数のオシレーターで複雑な音を作りたい」というニーズはソフトウェア時代の今ではあまり強くない。しかし、FMシンセシスは今でも一般的な制作ツールとして使用され続けている。
Native InstrumentsのFM8(2002年にリリースされたFM7の後継品)は80年代に確立された形を拡張したものであり、8つのオペレーターとDX7よりも親しみやすいインターフェースを備えている。「Expert Mode」を使用すれば自由自在なモジュレーションマトリクスを使って、アルゴリズムを含めた全てのパラメーターを詳細設定することが可能だ。ライトユーザーにはマクロコントロールで手軽に音作りができる「Easy Mode」も備わっている。
歴史的に、評論家達は「FMユーザーはプリセットを使用する傾向があり、その結果、DX7で作られた音楽は同じサウンドがする」と指摘してきた。それらの古いプリセットも今ではレトロな魅力とされており、そのサウンドはFM8にDX7 SysExファイルをロードすることで使用することができる。しかし、FM8の進化したインターフェースと機能があれば、FMの魔法使いでなくとも、ユニークで魅力的なサウンドを作り出すことができる。
FMシンセシスの使い方
FM8には1,200を超えるプリセットが用意されており、最先端のサウンドデザインからヴィンテージのFMサウンドに至るまで、幅広いサウンドが揃っている。しかし、ゼロからの音作りもやりがいがあり、想像よりも簡単に作ることができる。
それではFM8を使用したシンプルで実用的なサウンドをいくつか作ってみよう。その過程で学んだ要素に慣れてきたら、それらを組み合わせて自分なりの音作りを実験してみよう。
ベルサウンドの作り方
まず最初に、アプリケーションコントロールバーにあるFileメニューからNew Soundをクリックしよう。その後、音作りを行うNavigator内のExpertパネルを選択しよう。
FM8の初期パッチには1つのキャリアがある。Operator Fの名前でモジュレーションマトリクスに表示されているはずだ。白色がON状態を示しており、アウトプットに配線されていることが分かる。
まずは新たにオペレーターをON状態にして、このキャリアをモジュレートするようにアサインしよう。
- モジュレーションマトリクスにあるOperator Eを右クリックしてON状態にしよう。
- Operator Eの下にある箱を上ドラッグでOperator Fの位置にまで上げることで、Operator EをOperator Fのモジュレーターとしてアサインしよう。50になるように上ドラッグ。
次に、モジュレーターの周波数比を上げよう。
- Operatorパネル内、インターフェースの左側にあるOperator Eの周波数比を22に設定しよう。これによりベルサウンドに不協和なアタック感が生まれる。その後、音の輪郭を整えるためにエンベロープの値を調整しよう。
- Envelopeパネルを開いて、Operator Fをクリックしてキャリアのエンベロープエディターを開こう。
- サステインなし、短めのディケイに設定しよう。
最後に、新たなキャリアを加えて、このベルサウンドのテールをシンプルに変化させよう。
- Operator DをON状態にしよう。
- Operator Dの下にある箱を上ドラッグして、Operator Fのアウトプット音量と並行にしよう。80までドラッグしよう。
- Operator Dのエンベロープをサステインなし、長めのディケイになるように設定しよう。
最後に、エフェクトパネルでフランジャーとリバーブを少し加えて、サウンドに深みを与えよう。
ベルサウンドはこのような音になる。
エレクトリックピアノサウンドの作り方
このサウンドを作るには2つのモジュレーターを数珠繋ぎで使用する。初期パッチを開いて、Operators DとEをON状態にしよう。
- Operator Eの下にある箱を上ドラッグして、Operator Fと並行にしよう。30くらいに設定して、軽いモジュレーションをかけよう。
- Operator Dの下にある箱を上ドラッグして、Operator Eと並行にしよう。
次に、サウンドにピアノ的なエンベロープを設定しよう。3つのエンベロープを全て同時に調整したいので、それらをリンクさせる必要がある。
- Envelopeパネルを開いて、Operator Fをクリックしてエンベロープエディターを開こう。
- Operator EとDの隣にある「Link」ボタンをクリックしてエンベロープをリンクさせよう。
- Operator Fをピアノ的なエンベロープにするには、サステインなし、中リリースに設定しよう。これにより、全てのオペレーターが同時に操作できるようになる。
最後に、このエレクトリックピアノサウンドを明るくするために、モジュレーターの周波数比を調整しよう。
Operatorsパネルに戻り、Operator Eの周波数比を2に、Operator Dの周波数比を3に設定しよう。
最後に、エフェクトパネルにあるコーラスとリバーブを軽くかけて、サウンドに深みを与えよう。
エレクトリックピアノサウンドはこのような音になる。
厚みのあるサブベースの作り方
厚みのあるサブベースを作るのは簡単だ。少ない手順でミックスの低音を濁らせない、クリーンで厚みのあるサブベースを作ることができる。
サブベースにはシンプルなサステイン音が欲しいので、エンベロープを触る必要はない。キャリアをモジュレートして十分な倍音を足せば完成だ。
- Operators DとEをON状態にして、エレクトリックピアノの例と同じようにモジュレーションチェーンを組もう。
- 低めのサステイン音を演奏しながらモジュレーション量を徐々に上げて、モジュレーターが与える音の厚みの変化を意識して聴こう。両方のモジュレーターを20くらいに設定すると丁度良いはずだ。
これで完成だ。ミックスに厚みを与えてくれる、繊細で制御されたサブベースはこのようなサウンドになる。
FMシンセシスを使い始めよう
このチュートリアルではFMシンセシスの概要、仕組み、現代の制作環境での使用方法などについてご紹介した。FM8をダウンロードして、あなただけの新鮮で実用的なFMサウンドを作り始めよう。