• Eomac + Kyoka = Lena Andersson

    アイルランド人プロデューサーEomacと、日本人アーティストKyokaのコラボレーションプロジェクトに迫る。…

    Interviews
by Native Instruments

インストゥルメンタルヒップホップについて学ぼう

ヒップホップの歴史、そしてビートの作り方を紹介する。

ラップはヒップホップミュージックにおいて特別な要素だ。プロデューサーがヒップホップビートを作る上で特に気にする部分であり、リスナーの注意を引くようにミックスの前面に配置するなどの工夫が成されている。そして力強いトラックほど、シンプルな構成であることが多い。ミックスが濁らない、ボーカルをしっかりと聴かせるための余白管理には繊細な調整と熟練の耳が必要だ。そして、このようなラップを主体としたヒップホップの反対に位置するのがインストゥルメンタルヒップホップだ。インストゥルメンタルヒップホップでは背景として扱われていたヒップホップビートをメインの要素として扱うことで、アーティスト等はより自由に複雑な音楽的アプローチや実験的なサウンドを試すことが出来るようになった。

ヒップホップミュージックとその文化について正しい理解を得るためにはそのルーツである1970年代のニューヨーク市に遡る必要がある。ヒップホップは元々、主に労働者階級であったアフリカ系アメリカ人を対象にしたブロンクスの住宅プロジェクトから生まれた。彼らは州からのネグレクトを受け、また、社会的に不利とされる貧しいコミュニティに属していたことから、平等な成功の機会に恵まれなかった。そのような環境の中、ヒップホップはスラム街の若者達に自分の思想を音で表現する場を与えると同時に、経済的、社会的な成功を掴むためのチャンスを与えたのだ。

このような時代背景から誕生したヒップホップは多少の反体制的な底意を含みながら、革新的な独自の文化を築いてきた。その音楽は主に社会的、政治的なテーマを扱っており、そこには人種差別、非平等性、そして警察の暴力などの内容が含まれている。しかし、ヒップホップという文化は音楽に止まらない。DJはインストゥルメンタルヒップホップビートをラップ、ブレイクダンス、そしてグラフィティアートなどの伴奏に使用し、これらの表現方法は総じて「Pillars of Hip-Hop=ヒップホップの柱」と呼ばれるようになった。ラップ音楽は主流な客層への規模拡大が最も容易という理由からヒップホップ文化を支配するようになったが、元々これらの要素は平等で相互的な関係にあった。ヒップホップ文化のおかげでストリートでの問題は喧嘩ではなく、ブレイクダンスやラップバトルで平和的に解決されるようになった。攻撃性の矛先を暴力や犯罪から健全でクリエイティブな方向へと動かしたのだ。そのおかげで人々は問題と向き合えるようになり、自尊心が向上し、結果的に多くの命が救われることになった。

ブレイクしよう!

ヒップホップビートの作り方が確立する前の時代に対して、私たちは想像と感謝をするしかない。初期のラップのヒット曲であるSugarhill Gang (1979)の「Rapper’s Delight」やKurtis Blow (1980)の「The Breaks」などはエレクトロニックミュージックが主流となる前の時代の作品であり、スタジオの生バンドが録音されている。時を同じく、一般的なブロックパーティー(街区の住民が集うお祝い事)ではDJがファンクやソウル音楽のレコードをかけていた。そこでDJのKool Hercが発明した「breaking」のテクニックは生まれたてのヒップホップシーンに多大な影響を与えるだけではなく、音楽全般の未来を大きく変えることとなった。

当時のヒット曲には「ブレイク」と呼ばれるセクションがよく含まれていた。ブレイクとは複数の楽器から成り立つセクションとセクションの間に挟み込むドラムのみの数小節間のセクションだ。このパーカッションのみの編成は踊るのに最適だったため、そのセクションを延長させる手段としてDJ Kool Hercは2枚の同じレコードをターンテーブルの両サイドにセットし、一つ目のターンテーブルのブレイクが終わると同時に二つ目のターンテーブルでブレイクを演奏した。このように2枚の同じレコードを交互にミキサーで行き来することで、彼は特定のパッセージなどをエンドレスにループすることができた。このテクニックはジャマイカのダブミュージックから生まれ、ニューヨークのブロックパーティーで発展した。今では当たり前の手法である「ループ」だが、この革命的な発明が音楽史に与えた影響は計り知れない。

昔のレコードのブレイクで、有名になったものがいくつかある。その中でも最も有名な例は1969年にリリースされたWinstonsのソウルレコードのB面に収録された「Amen, Brother」の「Amen Break」だろう。この7秒間のドラムパートは1986年にリリースされたSalt-N-Pepaのシングル曲「I Desire」やN.W.Aの名曲「Straight Outta Compton」などを筆頭に、数多くの90年代のドラムアンドベース曲やレイブレコードの中で使用され、歴史上最もサンプルされた曲だ。次に有名な例はJames Brownが制作、プロデュースしたLyn Collinsの「Think (About It)」の「Think Break」だ。このドラムと印象的な「Woo! Yeah!」のボーカルを含む短いクリップはヒップホップビートやダンスレコードを作っているプロデューサー達の中で色褪せない人気を誇っている。

ヒップホップの歴史で起きた次の進化がサンプリングだ。テクノロジーの進化により、録音した短いオーディオを遅延なしのリアルタイムで切り刻んで再構築することが可能になり、ヒップホップビートの作り方に大きな影響を与えた。ヒップホップの創成期はテクノロジーが未発達だったため、主な楽器はターンテーブルしかなく、DJのブレイク技術がとても重要であった。しかしE-mu、Akai、Ensoniq、そしてその他のメーカーからサンプラーが発売されるようになり、ヒップホップビートの作り方に新しい可能性が生まれた。アーティスト達はサンプルをドラムマシンやシンセサイザーと融合させることで従来のディスコやソウルのサウンドから離れ、未開拓のサウンドを探し始めたのだ。

1982年に歴史的なレコードがリリースされた。Kraftwerkの未来的なサウンドを多くサンプルしたAfrika Bambaataa & the Soulsonic Forceの「Planet Rock」に使用されたRoland TR-808ドラムマシンが脚光を浴び、大流行したのだ。そして、その過程で「エレクトロ」という新たなジャンルが誕生した。これは従来のサウンドから、全く新しいサウンドへの旅立ちだった。808のドラムサウンドはメモリ容量のコスト制限のため、生ドラムの録音ではなく、アナログシンセシスにより作成されたものだった。この機械的で未来的なサウンドは当時リアルさがないと批評され、商品は失敗作と呼ばれることもあったが、皮肉にも後のエレクトロニックミュージックの世界的な火付け役となった。サイン波のオシレーターから作られた808の壮大で象徴的なバスドラムは巨大なサウンドシステムとの相性が良かったため、Run-DMCやPublic Enemy、次第にはサザンヒップホップでも使用されるようになった。808は幅広い音楽スタイルで使用されるようになり、そのサウンドを象徴する永遠にループするような機械感はポップスミュージックを再定義するほどの影響を与えた。インストゥルメンタルヒップホップの特徴とははっきりとしたサンプリング、ループ、そしてビート、ブレイク、ベースライン、フックのチョップであり、それらのサウンドをレイヤーすることで生まれるコラージュだ。それらの処理は隠されることなく、見せつけるかのように前面に押し出されている。

ヒップホップビートの作り方

テクノロジーの急成長に伴い、多くの電子機材が誕生し、音楽の作り方が民主化された。サンプラーやドラムマシン、シンセサイザーなどを簡単に手に入れられるようになり、平等な扱いを受けられなかった人々にも自分の音楽を通して自己表現をする機会が与えられた。音楽を作ることへの敷居は今も下がり続けている。一昔前のプロデューサー達は多くの機材的制限の中でヒップホップビートを作っていたが、現代のアーティストはこれまでになく充実したツールやリソースの環境下で音楽を作ることができる。

MASCHINEなどの人気製品は音楽制作やライブパフォーマンスを行えるオールインワンシステムだ。グリッド状に並べられたタッチ式のパッドを使えば実際に音楽に触れているかのように、音楽に没頭することが出来るだろう。豊富なサンプルライブラリには高品質な808ドラムの録音や数多くの名器が収録されており、パラメータを調整したり、様々なエフェクトでカスタマイズすることも可能だ。その直感的なレイアウト、アレンジからミックスまでを行える機能性、そしてDAWに接続して使用することもできる利便性があれば機材面に気を取られることなく、本質的な音楽に没頭できるだろう。

MASCHINEの製品情報

 

ヒップホップビートを作るために必要なツールをいくつかご紹介してきた。例えばドラムマシン、レコード、サンプル、そして近年ではDAW、バーチャルインストゥルメント、ソフトウェアエフェクトなどがそれだ。そして可能であれば、自分専用のサンプルコレクションを作ることをおすすめする。そうすれば作成中のビートで気に入らないサウンドがあった時に、簡単に好みのサウンドを探して差し替えることが出来る。インターネットはループキットやサンプルライブラリの宝庫だ。EXPANSIONSなどのシリーズはサンプル色の強い西海岸系、スムースなR&Bやダウンテンポなジャズ系、そしてモダンなトラップドラム系など、様々なヒップホップスタイルをカバーしている。

EXPANSIONSの製品情報

 

もちろん、ヒップホップには様々なスタイルやサブジャンルが含まれている。ヒップホップビートの作り方をより深く学ぶには、好みのトラックのドラムパターン、サウンドパレット、そしてアレンジなどに注目して分析してみよう。一般的なインストゥルメンタルヒップホップは75から100BPMのテンポ感であるのに対し、トラップビートはより激しいエネルギーを表現するためにそれよりも速いテンポ感であることが多い。テンポは音楽のノリやイメージに大きく関わるので、色々と実験してみるのが良いだろう。プロデューサーによっては細部の作り込みをしっかりと行うために遅めのBPMでビートを作成してから、実際のテンポで全体の仕上げを行うそうだ。

あなたはすでに特定のヒップホップスタイルに取り組まれているかもしれないが、どのような場合でも、様々な種類のヒップホップビートに触れてみることは良い経験になるはずだ。ヒップホップの黄金期は90年代の前、中期だとされており、Beastie Boys、Wu-Tang Clan、De La Soul、そしてその他のメジャーなインフルエンサー等が多岐に渡り影響力のある曲をリリースしていたことから「Album Era=アルバム時代」とも呼ばれている。東海岸から西海岸に音楽が広まるに連れてジャンルは進化を続け、ギャングスタラップのマーケットは世界規模へと広がり、西海岸スタイルの音楽はシンセサイザー色の強いサウンドを流行させた。南アメリカでは独自な発展を遂げ、スローテンポで間のあるドラム、そして歌詞的な内容よりもビートやエネルギーを重要視したサウンドが生まれた。サザンヒップホップの特徴であるダブルタイムやハイハットの三連符は後のトラップジャンルの根幹を成す要素であり、現在も使用され続けている要素だ。

次にご紹介するJ Dillaはメロディックでオーガニックなインストゥルメンタルヒップホップビートが特徴的だ。彼はAkai MPCサンプラーのユーザーとしても有名で、それを使って細かく刻んだドラムパートを実際に手で打ち込んでいた。彼はクォンタイズ処理をあえてしないことで緩い「drunk=泥酔」感を生み出したり、小節毎に些細な変化を作ることで飽きない工夫をした。彼は病気のため32歳の若さでこの世を去ったが、その短いキャリアで残した作品はインストゥルメンタルヒップホップの教科書として残り続けている。彼は業界の中で「完璧なヒップホップビートメーカー」だったと崇められている。

大西洋を超えて、トリップホップはイギリスのブリストルを中心に90年代を通して発展した。このスタイルはアメリカの初期のヒップホップにインスパイアされたものだが、ギャングスタラップはメローで空間的なビートにサイケデリックサウンドを足し、それをダンスミュージックに落とし込んだようなサウンドであったため、そのマッチョな姿勢に対するアンチテーゼでもあった。1996年にリリースされたDJ Shadowの「Endtroducing…」は歴史的に重要なインストゥルメンタルヒップホップのレコードだが、アメリカよりも先にイギリスで火がついた。サンプルのみで作られた初めてのアルバムとしてギネス世界記録に認定されており、MPCサンプラーやTechnics 1200ターンテーブルなどの定番なツールが使用されている。このアルバムで最も重要な材料となったのはShadowの豊富な知識と彼の60,000枚を超えるレコードコレクションだろう。

彼らのようなキープレイヤーの域に一晩で達することは不可能だが、入門レベルのプロデューサーでもすぐに使用することができるトップクラスのツールは数多く存在する。その中の1つであるNative InstrumentsのPlay SeriesのSTACKSは直感的なインターフェース上で豊富なヴィンテージサウンドを編集、ブレンドすることが出来る。ビート作りで最も重要なのは制作過程に忍耐を持つこと、そして「less is more=少ない方が豊かである」という思想を持ち、音楽に息をするための余白を与えることなのかもしれない。しかし矛盾するようだが、ビート作りに「正しい方法」はない、という事は覚えておいてほしい。ヒップホップの歴史は「音楽の未来は既存のルールを破り、塗り替えることで作られる」ということを証明し続けているのだから。

STACKSの製品情報

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