ベルリン在住の博学者Jane Arnisonは侮れない存在だ。オーストラリア生まれの彼女はミックスエンジニア、プロデューサーとして名を挙げたが、相方であるJulieとのポップデュオEvvolの活動や、Pathwavesの企画、指導なども行っている。Pathwavesとは、女性、ノンバイナリーの人々に向けて年に1度、1週間をかけて行われる、スタジオ制作、エンジニアリング指導の短期集中プログラムのことである。
Arnisonは非シスジェンダーの白人男性が使用できる知識共有のネットワークやリソースを強化させる目的でこのプログラムを立ち上げた。COVID-19の影響でハードウェア面の技術を教えることが難しい中、彼女はクリエイティブな回避策でPathwavesを存続させている。
我々はアーティスト兼起業家である彼女との席を設けて、Pathwavesの未来像、ソロ活動の継続に必要な自制心、そして彼女が自身のマスタークラスの生徒から提供されたドラムヒット、ループ、メロディックなワンショットなどをまとめて作成した無償サンプルパックについて話を聞かせてもらった。
以下のビデオでJaneが新しいMASCHINE+ハードウェアに触れ、サンプルパックの音で即興する姿をチェックしよう。サンプルパックをダウンロードして、自身の制作に使用してみよう。
演奏の流れ、使用されたサンプルについて教えて頂けますか?
まずは使用する音のパレットとして、事前に5つの異なるレイヤーを作っておいたの。その内容はEnrica Falconiからもらったサブベース、Miche Morenoが録音したイカしたベースとクランチの効いた生ドラム、Pilgrimというアーティストによるクールなボーカルサンプル、そしてその他参加者からの素敵なシンセ系の諸々よ。
まずはループの基盤となるベースラインから作って、それに音を積みげていったわ。ドラムは私が持ち込んだもので、それにPerform FXをかけているの。Perform FXは私が演奏の中で遊んでかけているハイパスフィルターよ。次にボーカルサンプルで少し即興をして、シンセのスタッブを足したわ。スタッブには甘美な内蔵リバーブをかけて、音が飛び回るような効果を出した。ループに対してもPerform FXをかけていて、オートメーションを生録音しているわ。まとまりとしてブロック的に感じられないように、個々のループ尺は異なるようにしているの。この時点で曲の「ベッド」となる基盤が出来たから、次にサンプルパックのシンセ音で即興的にメロディを入れて、それからスネアにノートリピートを足したわ。
この業界にはどのように足を踏み入れましたか?プロとしての道のりは?
始めたのはもうずいぶんと前になるわ。シドニー音楽院でクラシック音楽の作曲を勉強したの。学位を取得したときにはクラシック音楽の制約や俗物感にうんざりとしていたから、オーストラリアにある大きな商業スタジオでインターンをすることにしたのよ。その時にポップ、ロック、インディー、エレクトロニックミュージックを通してエンジニアリングやプロダクションをしっかりと学んだわ。
もちろん、性別という面では本当にたくさんの困難を乗り越えてきたわ。私がオーストラリアを出た大きな理由の1つも実はそれなの。職場の1つで色々とあってね。それで何か空っぽに、燃え尽きてしまった。本当に「壊滅的」な環境だった。もう少しで挫けてしまいそうだったわ。
ベルリンに移ってからは差別や抵抗は減りましたか?
べルリンではとても受け入れられている感じがするわ。自分の許容量や能力に対してリスペクトしてもらえているという点では、とても良い時間を過ごさせてもらっている。もちろんいくつかの問題はあるけどね。構造的な不平等は常にある。でも私がベルリンでプロとしての関係を持ち始めた頃には自分の素性をはっきりと理解していたし、とてもタフになっていたから、誰からの罵倒にも取り合わなかったし、そういうものの中を突き進めるようになっていたわ。
この音楽業界の一部分にある性別的な差別にはどのような特徴がありますか?
とても多面的ね。現在でも直面する差別は、女性でボスだというだけで口うるさい女だと決めつけられる事。子供がいると、私が教えている人たちのように、自分のスペースを確保できないという問題もある。若い男性プロデューサーは女性や非シスジェンダーのプロデューサーに対してアイデアや発言のスペースを与えようとしないわ。私は自分の意見を発言する自信がない、きちんと聞く耳を持ってもらえている気がしない、って感じている多くの人たちから感想を頂くの。
Pathwavesのコンセプトはいつどのようにして生まれたのですか?はじめから、女性やノンバイナリーを対象とすることを念頭に置いていましたか?
最初は実験だったんだけど、次第に必要とされている、求められている事なのだと明確に分かってきたの。最初の段階では募集の掲示を1週間行ったんだけど、10箇所に対して150くらいの応募があったわ。その時に「わお、オッケー。皆これの実現を求めている、だから誰かがやらなきゃ」って思ったの。2019年の11月から年に1回、1週間をかけて行ってきたから、次は2021年の11月ね。それまでは内容の再構築であったり、何ができるかを考えたりしたいわ。
技術的なスキルを多く教えられていることは知っていますが、この業界での生き抜き方や、仕事の得方なども教えていますか?
最初の反復では教えたわ。ネットワーク作りのイベントと討論会を行ったの。コミュニティとディスカッションに対する考えを育むことを目的としてね。でもすぐに気付いたのは、1週間でできることはとても少ない。一番重要なのは、スタジオの中では「自分がボスだ」と感じてもらうことなのよ。本当の自信と必要な技術を手に入れて、「よし、ネットワークしよう、仕事を掴みに行こう」って気持ちになれるように。でも技術が先に必要よ。だから私はそれを一番に優先する。
この職業についての学ぶ際に大きな障害となるのは、独学が難しいという点だと思います。ベッドルームプロデューサーとはわけが違う。とても高価な機材やスタジオを利用できる環境が必要ですが、そこには正当な訓練を受けてきた人たちの方があなたよりも先に入る確率が高い。
それは本当に大きな点だと思うわ。スタジオに行く時は全てのボタンを押せるスタンスでないといけない。そこまで難しいことでもないのだけれど、あなたの言うようにアクセスが重要ね。だから私は一年中安く、様々な背景を持った女性、ノンバイナリー、非白人の参加者が優先的に使用できるスタジオを本当に作りたいと思っているの。まだとても小さなアイデアの種だけど、それが私の次の目標。
カリキュラムはオンラインに移行できたと感じますか?
理想通りまでとは言えないけど、そうね、ある程度までは。2021年にこのような事を教えることで感じた大きなメリットのひとつは、全てが高品質なプラグインとしてエミュレートされているから、実機に触れているような体験ができることね。だから基礎を理解するという意味ではできることがたくさんあると思うわ。重要な指先の感覚などのフィジカルな部分は、最後にスタジオで学べばいい。
あなたはPathwavesの監督から自身の作曲や制作、そしてEvvolのバンド活動までしています。これら3つの活動の時間管理はどのようにしていますか?また、それらは影響し合うものですか?
確かに難しいわ。今もその管理をどうにかしようと考えているの。私は少し欲張りだから、色んなことをやりたいし、その全てに対して本当に情熱を持っているわ。改めて考えてみると、あなたが言うように確実に影響し合っているわね。全ては結果的に繋がっているのよ。
プロデュース、ミキシング、エンジニアリングに必要なスキルは、音楽のスタイルによって違いはありますか?
それはとても興味深い質問ね。最近そのことについてよく考えていたの。一言で言えば「違う」わね。私は長い間、とても商業的な考え方でミキシングをしてきたの。ポップスやBerghainのダンストラックを業界標準にするためには、90%の確率でサウンドテンプレートを通さなければならないと考えていたのね。けれども最近になって、実験的なエレクトロニックやアンビエントなどのアート系のサウンドを作るようになってからは、その境界線はとても曖昧になったきたの。なぜならより実験的な環境の中では、自分でルールを作れるようになるからね。
オリジナル楽曲の制作に取り組む頻度と、その際のワークフローを教えてください。
それは私が何をしているかによるわ。でも、ほとんどの場合、ドアや窓を閉めて、照明を消して、録音ボタンを押して、ただ全てを吐き出す、という感じで、私にとって音楽は、ますます重要なセラピーの手段のひとつとなっている。音楽は、自分自身を理解し、世界を理解し、物事を理解し、次の日を戦うために生きるための手段なの。自分を表現するためのスペースが必要なのね。
その時間とスペースを見つけるだけでも難しいのでしょうね、きっと。
ええ、本当に苦労してる。今は月曜日から水曜日までを教育や他の人のための仕事、木曜日と金曜日の2日間をスタジオ作業にあてているの。だから時間を作るには、自制心と、「ノー」と言えることが必要ね。
競争の激しい都市で、すでに飽和状態にある業界を目指そうとしている人たちに、ヒントやアドバイスをお願いします。
自分のスキルを把握し自信を持つことはとても重要よ。それは、毎日、朝起きて、音楽を作り、音の探索を重ねるということで身につけられるわ。そして、その過程に愛と情熱を持って取り組むことね。最近の若者は自身のスキルをマネタイズする重要性を知っているから、面白くて表現したいもの、提供できるものを見つける前からそれを始めてしまっている。でもそれはとても逆効果だと思うわ。時間をかけて学び、自分の表現を見つけ、スキルを身につけ「ボス」になる。その後はただ堂々として、自信を持って、コミュニティを見つけるのよ、やみくもに風に叫んだりしないようにね。友達と一緒にポートフォリオを作るのよ。一緒に未来を作るの。勝ち目のない業界に戦いを挑むよりもよっぽど良いわ。あなたが作り出せばいい。私はそう思う。本当に実現可能なことだと信じているわ。
Pathwavesのプロジェクトについてはpathwaves.deをチェック。
Photos: Kasia Zacharko
Video: Carys Huws
サンプルパックの提供者: Miche Moreno, Amanda Merdzen: 生ベースとドラム; Ashlee Luk: 電子ドラム; Enrica Falconi: シンセとキーボード; Pilgrim: ボーカル。