Felipe SalmonのNeuköllnスタジオの一角には、 編み込まれた様々な色の布でしっかりと結ばれた動物の蹄の束が置いてある。大きさはキノコぐらい、色はベージュや黒で、吊り下げているフックの表面は長年使われた様子で滑らかに磨き上げられている。「色んな種類の種をまとめて紐で縛ったものも持ってるよ」とSalmonは何気ない様子で語る。横には、首筋をまっすぐ伸ばした形でミイラになったロバの顎や、豚やヤギの爪がある。Salmonと彼の制作パートナーであるRafael Pereiraはリマ出身だが、これらの爪は、チャフチャスと呼ばれるリズム楽器で、リマから近いペルーのアンデス地方の伝統楽器だ。2010年以来、アフロエレクトロニックなデュオであるDengue Dengue Dengueは、このような道具をハートに掲げて、一時は失われつつあった伝統的なクンビア、チーチャ、クリオージョ音楽といった財宝を、突然変異的な21世紀のクラブミュージックに混ぜ合わせた作品を発表している。彼らの最新EP「Fiebre」は、彼らがここ10年間に行ってきた音楽的実験の最高峰で、現代的なプラグインやシンセの助けを借りながら、アコースティックなパーカッションとトリッピーでミニマルなポリリズムが重なり合うサウンドを構築している。
「これが最近僕たちが探求しているスタイルなんだ」とSalmonは言う。「誰かの真似をするよりも、新しいサウンドを作りたいと思ってるんだ」ダークで歪んだ新ジャンルを生み出した最新EP「Fiebre」に収録された7曲は、拍子やグリッドのレイヤーが緩やかに刻まれたシンセのループと、南アメリカへ戻った時に録音したペルードラムの演奏やベルリンでゴミ箱から見つけた楽器の演奏を切り刻んだサウンドで作られている。その精神は、Gqomや90年代IDMのリズムの繊細さとペルーの伝統的な楽器編成の間に横たわっていて、曲は例えば、馬の駆け足のようなカホン (横を叩いて演奏するペルーの箱型打楽器)のシンコペーションに混ぜ合わされた発作的なフットワークの打撃音や、美しく漂うアンビエントシンセ上でのんびりと打ち鳴らされるコンガといったものだ。メキシコのコンセプチュアルなクラブレーベルであるNAAFIから10月16日にリリースされた今回のEPは、NAAFIらしさへの忠誠心が溢れる内容で、マイナーコードのアルペジオの繰り返しやメロディが全くない楽曲によって、ダンスフロア向けの鮮やかなアンセムになることを拒み、過去のLPよりもさらに深く暗黒を掘り進むような作品になっている。

PereiraとSalmonにとって重要なことは、簡単に理解できてしまうようなフロア向けの四つ打ちを超えた探求だ。「四つ打ちがつまらないという意味ではないんだ。それは心臓のリズムで、人々を瞑想状態のようなトランスに導いてくれるからね。だけど、四つ打ちのグリッドを忘れることで浮かび上がってくる新しい世界もある」とPereiraは言う。「音と音の間の空間を扱う時に、他の音を置いて隙間を切り刻むと、よりたくさんの空間や要素が生まれるんだよ」彼らにとってプロダクションとは、バラバラになったパズルのピースをDAW上で再構築するようなものなのだ。あるプロジェクトは、まず120BPMの4/4拍子のビートで制作を始め、その上に140BMPの3/4拍子のビートを重ねる。「ビートの間の空間をよく観察することが重要で、4/4拍子のトラックの上に、それよりもBPMが速い3/4拍子のトラックを詰め込むと、どういうわけか上手くいくんだ」とSalmonは説明する。この軽快な効果を生み出すテクニックはDengue Dengue Dengueのトレードマークの1つであり、セルフリリースされたコンピレーションの「Kebrada」に収録の「Del Alma」や、アルバム「Continentes Perdidos」に収録の「Atlantida」「Hyperborea」「Lemuria」といった曲の中で聴くことができる。
このようなリズムのコンセプトは複雑に感じるかもしれないが、2人が掲げている哲学は「できるだけ少ない要素でメッセージを伝えること」というとてもシンプルなものだ。実際のレコーディングプロセスの多くは即興で行われ、事前に準備された部分は少ない。クラクラするようなポリリズムの部分でさえも、きっちりと計算されたものではなく、彼らが得意とする偶発性の実験の結果なのだ。「Fiebre」の中で最も複雑なリズムを持つ曲の1つである 「Yaama」は、完成した時、たった5つのステムしか使っていなかった。まずはじめに、アルバムのそれぞれの曲のコンセプトが決定する数ヶ月前に、レコーディングセッションが行われた。「録音時、ペルーのパーカッショニストに100BPM、130BPMなどで演奏してもらった。こうすることで、後日作業をする時に、たくさんのサンプルやリズムを使うことができるんだ」とSalmonは言う。「Yaama」を制作した時、彼はオールドスクールなダブステップにインスピレーションを得たベースラインから取り掛かり始め、その後、ペルーから持ち帰ったパーカッションのサンプルを切り刻み曲に当てはめていった。「録音したパーカッションをそのまま使うことはありえないね」と彼は説明する。サウンドの結果に満足するまで、サンプルは切り刻まれ改造されて、ベースラインやシンセと重ねられる。
アコースティックな生演奏の録音に加えて、NIのPOLYPLEXやその他様々なプラグインを使ったドラムパートも使われている。「エレクトロニックミュージックでパーカッションを使う時は、エフェクトが必ず必要なんだ」とSalmonが言うように、ほぼ全てのオーディオは、REPLIKAのディレイと、DAWのsendトラック上でのRAUMリバーブがかけられていて、 3次元空間の感覚を生み出すため、サンプルはさらに異なる種類のリバーブにレイヤーされる。その後、例えばWaldorf Streichfettで制作したシンセリードのように、まずは1つの要素からスタートして、そこに少しずつ他のサウンドやエフェクトを加えていく。コンプレッション、サチュレーション、オーバードライブを使ってビートをブーストして曲のサウンドに強さを与えた後は、低音部の曇った周波数帯域をサイドチェーンで取り除く。トラックのアレンジが終わったら、パーカッショニストとの様々なライブセッティングに使えるようにループやサンプルをエクスポートする。

「曲のライブバージョンを作るときは、いつもMASCHINEを使ってるんだ」とSalmonは説明する。切り刻んだサンプルや事前に録音したループをDAWで演奏するのだ。ペルーのドラマー達と一緒に演奏するときは、完成した曲とあまり変わらないような形で、大部分はあらかじめ決めた構成に沿って演奏する。あまりに大きすぎる変化はライブミュージシャンを混乱させ、曲の流れから外れてしまう結果になるからだ。しかし、デュオとしての単独演奏の時は、MASCHINEを使って、よりオーガニックなライブパーカッションサウンドをバンドなしで生み出すことができる。「パーカッションを直接トリガーすれば、より人間的なタッチで演奏することができる。さらに、テクスチャーやオリジナルの曲からのサウンドも加えることもできるんだ」とSalmonは言う。このセットアップを2人は数年に渡って使い続けていて、2017年にペルーで行われたクンビアバンドLos Wembler’s De Iquitosとのレコーディングにも用いられた。MASCHINEを使えば、伝統的な楽器にあわせることが簡単なので、より豊かなコラボレーションが可能となるのだ。
このような音楽的なパートナーシップは、ペルーの伝統分野とラテンアメリカの影響を受けた新しいジェネレーションの電子音楽の間に橋渡しをする活動の第一歩にすぎない。先月、PereiraとSalmonは、四つ打ちの制限の枠を超えた南北からの作品をリリースするKebradaというレーベルを立ち上げた。Kebradaの第一弾コンピレーションには、DJ Python、Siete Catorce (特徴的で複雑な時間軸を扱うメキシコのプロデューサー)、Nick Leonなどの曲が収録され、次のリリースはペルーのプロデューサーであるQOQEQAの予定だ。彼らはDengue Dengue Dengueを「僕たちが来た場所から、他の人々が羽ばたくため」のプラットフォームとして考えている。
このプロジェクトが興味深い理由はいくつもある。アフロペルーの血統を受け継いだ知られざる音楽的伝統を広げていくことに繋がるだけでなく、特にスペインによる征服以後に西アフリカからやって来た黒人奴隷のコミュニティからのラテンミュージックの遺産を、新しい現象を通してダンスフロアにもたらしたという点も着目すべき点だ。本格的なアフロラテンのリズムに、フットワークやヘビーなベース、高速のエレクトロニックミュージックを混ぜ合わせることは、領域横断的なシーンでの新しいスタイルの確立への貢献を意味している。そして、PereiraとSalmonは、この音楽をただ1つのジャンルに関連づけたものにはしたくないと強く主張している。「オーディエンスが僕たちに何かを期待して欲しくないんだ。次に起こることの予想がつかなくて、人々がそれぞれ独自に推測するようになってほしい」とPereiraは言う。

今の所「次」に来るのは、彼らのエレクトロニカへの愛になりそうだ。初期の頃のDengue Dengue Dengueは、ダブステップやドラムンベースを中心に幅広いスタイルを探求した。しかし「トロピカルフューチャリズム」と結びついた彼らの民族的なムーブメントは、アマゾン地方の伝統音楽にデジタルな息吹を吹き込んで、小さいが献身的で衛星的なシーンを生み出した。「Fiebre」は、この新しいパラダイムを体現しているリリースだ。覆いかぶさる暗闇のような雰囲気の本作で、2人は、長年炎を保ち続けた松明を掲げている。ペルーの伝統的な打楽器特有の要素を再構築することで、ループのレイヤーを紡ぎ、伝統と革新を彼ら独自の手法で織り交ぜたのだ。
Fiebreの全曲はBandcampで聴くことができる。そして、クンビアの伝説的奏者であるLos Wembler’s De Iquitosとのペルーでのサイケデリックな録音風景を収録したミニドキュメンタリーをチェックすることもお忘れなく。
Photos: Bahar Kaygusuz