業界動向に注目しているなら、最近、急成長中のSlate + Ashというサンプル開発会社の名前を頻繁に耳にしているはずだ。しかし、この強力なチームを構成している3人は全員、このレッテルをあまり心地よくないものだと感じている。
「自分たちでサンプルを作り始めた理由の1つは、同じサウンドをあちこちでいつも耳にしているからだった」共同創設者のSimon Ashdownは、ブリストルにある彼の家から、こう語る。「だから、自分たちがサンプル開発者なのかどうかは、よくわからなかった。目立つような同じパッチをみんなが使っていて、あちこちで同じ音を耳にする。そんなサウンドライブラリを作ることについては、とても用心深かったんだ。商業的なものを作るときは、はっきりと確実に、いつもそのことを考えてるね」
S+Aのもう1人の共同創設者であるWill SlaterとSimonが初めて作ったKONTAKTライブラリは、作曲家やサウンドデザイナーでもある彼らのテレビやフィルムの作曲仕事のためだけに使われたので、何の不安もなく制作が始まった。そして、彼らが他の人のためにインストゥルメントを作り始めた時、それらはとても限られた範囲を対象にしたものだった。 初めてのクライアントは他ならぬJóhann Jóhannssonだったと、Willはふりかえる。
「彼が連絡を取ってきて、取り掛かっている映画のサウンドデザインを僕らに依頼した。その時点ではまだ『メッセージ』というタイトルでは呼ばれていなくて、秘密の名前で呼ばれてる段階だったし、それがどうなるのか全く知らなかった。彼はステムをいくつか送ってきて、『僕を驚かせてくれ』とだけ言ったんだ。そうだったよね?」
「彼はとてもオープンだったね」と、Simonは続けた。「いくつか作ったんだけど、どれがどこで使われてるかは知らないんだ。聞いた時に部分的にわかる所もあるけど、『ああ、この曲だ、このサウンドがまさに僕たちが作ったものだ』って言うことはできないね」
製作は時々は辛いと思うこともあるけれど『これ以外の方法ってあるんだろうか?』と常に自問しているんだ
「メッセージ」の後も仕事の依頼は次々と舞い込み、WillとSimonは、Ben SalisburyとGeoff Barrowによる「Hanna」シリーズと「アナイアレイション (Constance Dembyの巨大なSpace Bassの“危険な悪党バージョン”をフィーチャーした)」のスコアや、「スパイダーマン: スパイダーバース」でのDaniel Pembertonの仕事、 そして、人気ゲーム 「Ori and the Will of the Wisps」のためのGareth Coker渾身のサウンドトラックなどに、サウンドを提供した。
忙しい作曲家とサウンドデザイナーをサンプルライブラリ製作の世界へと駆り立てたものは何だったのだろうか?きっかけはSlate + Ashと同じビルにある会社でインターンをしていたJames Worsterとの出会いにあった。Simonが手に入れたRoliのSeaboardについてのキッチンでの雑談がきっかけで、やがてJamesはS+Aの3番目のメンバーとなり、プログラミング経験を生かしながら、領域を押し広げるようなインストゥルメントの開発とデザインを広範囲で担当することになった。そして、それはMIDI Polyphonic Expression対応のAURASから始まったのだ。
形なき音の彫刻
今回初めてその単語を知った読者のために説明すると、MPE、もしくは、MIDI Polyphonic Expressionは、前述のSeaboardやHaken Continuum、Roger LinnのLinnStrumentといった新世代のコントローラーに使われているMIDI規格だ。ベーシックなMIDIを基盤にしながら、それぞれのノートごとに音楽的なジェスチャーを与えることができ、それ故に「ポリフォニック」とも言える。つまり、例えば、コントローラーの表面で指を水平方向にドラッグすることで音のスライドやピッチベンドを行ったり、指にかける圧力の違いでノート個別にモジュレーションをトリガーすることができる。一般的にMPEは、切れ目なく連続的に変化していく広範囲のパラメーターによってサウンドを生成するシンセサイザーのような文脈にぴったりで、別々の断片に分かれている録音音源をトリガーするサンプル楽器は真逆の存在だ。しかし、Slate + Ashは、一般的なサンプル楽器を作ることはしなかった。
「MPEは、僕たちのサンプルの使い方にぴったりだった」と、Jamesは説明する。「伝統的なサンプル楽器はサンプルを再生することしかできないんだけど、僕たちは常にエフェクトやディストーションといった動きがある要素を扱っているから、シンセと似た部分がある。つまり、マッピングできるこれらすべてのパラメーターを、違う次元の表現として手に入れたんだ」
KONTAKTライブラリの中で、初めての、そして現時点では唯一の、MPE対応製品であるAURASは、波形が変化していくようなテクスチャーの制作や操作にぴったりのエンジンで、Tim Hecker、Ian William Craig、William Basinski、Ben Frostといったアーティストのアンビエントサウンドを思い起こさせる。これらのインスピレーション源は制作の貴重な参照点となったが、AURASはSlate + Ash自身の音響的美学とインストゥルメントデザイン哲学のステートメントでもある。つまり、個性豊かなソース音源が揺れ動き変化していくレイヤーをつくること。音源をストレッチし、ピッチを変え、エフェクトをかけて、全く新しい他のものへと変化させること。そして、独創的で巧妙なスクリプトによって、最高に表現力豊かで操作性の高いKONTAKTインストゥルメントの中で、さらにサウンドに手を加えることだ。
AURASのソース音源は、スクリュードライバーで演奏されたギターから、2人で1つの同じ古箏を弓で演奏している人工的なサウンド、Melodyneでプロセスされたアナログシンセの録音まで、多岐に渡る。後者は「Overtones」のプリセットで聞くことができ、 そこでは、初めは聞こえていなかったレイヤーのデジタルな断片がフィルターによってどんどん明かされていく。多くの開発者はこういった粗野な細部に気を配ることはないが、しかし、繰り返しになるが、インターフェースの第一印象がよく体現しているように、これは一般的なKONTAKTライブラリではないのだ。
「僕たちがとったアプローチの多くは、ものごとの一般的なやり方を避けたかったからなんだ」と、Simonは説明する。「『ああ、みんなもやってるから、これはやりたくないな』という感じで、時々は、大変になることもあるんだけど、『これをやる他の方法は何だろう?』って、いつも考えているんだ。このことは『サンプル開発者』になりたくないことにも繋がる。どうしたら、そうならないでいられるんだろうね?」
しかし、AURASのミニマリスト的なモジュレーションマトリックスから、CYCLESの典型的なADSRフェイダーにおける新しい「回転」まで、Slate + Ashのインターフェースデザインには一貫した目的がある。それは、ユーザーを音響的な興味へと大きく導くことだ。「普通のことをやったら、ユーザーのインタラクションも一般的なものになるけど、僕たちは、これまで考えたこともなかったような方法で音とのインタラクションに導びこうとしているんだよ」
「アートやデザイン界からの影響もたくさんあるね」と、 Jamesが付け加える。「ものごとを直感的なものにしようとする考え方も影響の一部で、普通はノブと数字があるような部分に、僕たちは、大きくなったり小さくなったりする円を取り付けた。視覚的な要素と聴覚的なものの繋がりは、もっと直感的な体験を生み出せると思ってるんだ」
こういった注意深く彫刻されたサウンドや直感的なインターフェースについての話を聞いて、もしもAURASをプリセットマシンのように感じてしまうなら、それぞれのパッチで起きている音響操作の大部分はKONTAKT内で実行されていて、モジュレーションマトリックスを使えば多くの部分にアクセス可能だという点に、ぜひ注目してほしい。さらに、もっと深く追求したいユーザーのために、S+AはAURASとは別のCOLOURSというインストゥルメントを提供していて、これによって、AURASの全てのソース音源への直接アクセスが可能となり、エフェクト、トーンシェイパー、シーケンスツールの拡張マトリックスを使うことができる。
「AURASのメインパッチは、大変限られたインターフェースになっている。 なぜなら、それぞれのパッチがとても独特なプログラミングになっていて、これ以上のコントロールを1つのエンジンで提供することは不可能だったからなんだ」インストゥルメントを2つに分けて制作しようと決めたことについて、Simonはこう語る。「‘Aura’のサウンドを構成している個々のレイヤーの多くは、1つだけでも、とてもかっこいいものだというアイディアがあった。いくつかのメインパッチは中で多くのことが起きているサウンドスケープに近いものなんだけど、AURASを背景音楽などに使う時に、密度の濃いサウンドがいつも必要だとは限らないので、現実的にはレイヤーを1つだけでも使える方が便利だよね。だから、専用のGUIを使って音源を直接自分で形作れるような柔軟性のある要素を与えたかったんだ」
終わりなき抽象的なループ
Slate + Ashの2つ目の商業的な製品であるCYCLESは、内部にグラニュラーとループサンプラーがあるサンプラーで、柔軟性とカスタマイゼーションが重要な核となっている。
「何かとても小さいものをつくろうと考えたんだよね?」WillはSimonにそう尋ねる。
「ああ、そうだね。初めに作ったAURASは適度に高価なものだったから、もっと低価格で手に入れやすいものを作りたかったんだ。大きなインストゥルメントじゃなくて、基本的に、手軽にひょいっと素早くループでできる何か。スタートとエンドポイントを変えて、おもしろいテープループがおきて、僕ららしい音になるような何かをね」
そして、その後、典型的なSlate + Ashと同じように、そのプロジェクトは明らかに「巨大なループ楽器」へと雪玉式に育っていった。AURASやCOLOURSと同様に、CYCLESも性質の異なる2つの部分に別れているが、今回の場合、2つが同じ1つのKONTAKTインストゥルメントの中にある。S+Aが「オーディオルーパー、スプライサー、そして、シンセサイザー」と説明しているLOOPSは、膨大なソース音源やドラッグ&ドロップした自分のサンプルから、テンポ同期したリズミカルなパターンをつくり出す。CYCLESのグラニュラーエンジンであるGRAINSは、リズミカルなシーケンスを生成する代わりに、サンプルを小さな粒にスプリットして、全く新しい無定形のテクスチャーと断片になったオリジナルサウンドとの間のモーフィングに必要なツールを全て提供してくれる。サンプルやプリセットを読み込むだけで、進化し続けるループのパフォーマンスと音の雲の細粒を霧吹きすることの間を、自由に行ったり来たりできるのだ。
もしAURASが他とは全く違う音世界の存在だとするなら、ドラッグ&ドロップでサンプリングできるCYCLESの音のアイデンティティは、ユーザーがつくろうとしている傾向に左右される。Simonの説明によると、数小節のドラムを読み込むだけで、弦楽器のフレーズとは全く違う結果が得られるのはもちろんのこと、2つのエンジンを搭載している柔軟性によって、リズミカルなループと星雲のようなテクスチャーの両方を自由に描くことができる。
たくさんの異なる手法を備えた、究極のループマシーンを制作するということがアイディアの根底にあった。
「単にサウンドをチョップしてるだけの時でも、オリジナルな響きから浮かび上がってくるリズミカルだったりグラニュラーだったりする部分を切り分けようとしている時でも、いつでも、X/Yコントロールを回すだけで、雲みたいに抽象的なテクスチャーのグラニュラーサウンドから、リズミカルなパターンに移動することができるんだ」
「どちらの方向でも、純粋なループや純粋に抽象的なサウンドというよりも、何らかのパターンや動きに繋がっていく。異なる方法を兼ね備えて搭載している究極のループマシーンの制作が、根底にあるアイディアだった」
CYCLESでは複雑なサウンドデザインを行うことも可能だが、AURASと同様、簡単に素早く音楽的な結果を生み出すこともできる。しかし、AURASと違い、その秘密はソース音源ではない。ソース音源ももちろん重要要素ではあるが、全てのノブやフェーダーや抽象的な視覚表現要素が使いやすい範囲の精密な数値で操作できるかという点について、KONTAKT内での数多くのチューニング作業にその秘密が隠されているのだ。
「ユーロラック・モジュラーシンセや、難解なプロセッシングエフェクトやペダルを、たくさん使ったね」とSimonは言う。「これらのツールの組み合わせから生まれるような結果をインストゥルメントに取り入れたかったんだけど、同時に、直感的に使えるものにもしたかった。ループを選んだり自分のをドロップしたりして、いくつかのノブをいじると突然、とてもおもしろくてインスピレーションが湧いてくる何かに出会えるような。そこで、スイートスポットになるように、要素のインタラクションをチューニングした。つまり、どこをいじってもスイートスポットになるように開発努力したから、どのノブを回しても大抵の場合は、何かかっこいいことが起きるんだよ」
クリエイティブなサンプリングをするためのコツ
音の錬金術師であるSlate + Ashとのインタビューは、自分自身のサンプル楽器を作り始めようとしている人々へのアドバイスを質問してみるいいチャンスだ。しかし、型にはまらないアートへのアプローチや特徴的なサウンドであるにも関わらず、彼らが最も強調したアドバイスは、一般的なサンプル開発者と同じようなものだった。つまり、正しいソース音源をみつけるということだ。
「僕たちは凝ったGUIの製品を作ってるけど、重要なことの1つは、良いソース音源だね」と、Simonは語る。「良いソース音源を手に入れたら、作業にたくさん時間をかける必要はない。興味深い音源を取り込んで、その特徴を生かすような作業をして、ピッチダウンさせたら、それだけで素晴らしい結果になる。このことこそが、Willと僕がもともとやっていたことなんだ」
「当時はできるだけエンジンの中で多くのことをやらないようにしていて、録音の中にサウンドデザイン的なものを入れようとしていた。録音にたくさんのエフェクトをかけるって意味じゃないよ。例えば、何かを弓で演奏する時に、録音中に起きているサウンドにしっかりと注意をはらうんだ。『なんだか痙攣みたいに奇妙な部分が少しだけあるけど、これは弓のノイズかな?』って感じの音が聞こえたら、そこを強調してみる。なぜなら、そういった部分がサンプルをとても興味深いものにしてくれるんだ。僕たちは、よく、ハッピーアクシデントの釣りをするって言ってるよ」
「時には、それぞれが弓を持って、2人で1つの弦楽器を使って何かやることもある」と、Willが続ける。「まずは僕が少し演奏して、次にSimonがちょっと弾いて、それぞれがサウンドの別のパートを担当するんだけど、同じ空間で一緒にやってるよね。それを、レイヤーにするんじゃなくて、1つの録音として捕らえようとしてたんだ。だから、KONTAKTの中での作業を始める前から、同じようなことをリアルな世界でやってた感じで、観客が誰もいないパフォーマンスアートの作品みたいだったね」
それでは、S+Aのトレードマークであるオーガニックで進化し続けるようなテクスチャーの音源制作には、どんな秘密が隠されているのだろうか? Simonによると、秘訣は音源に動きを加えること。ただし、やりすぎはよくないそうだ。
「GUIで動きを付けるのと同じように、サンプル音源にもいつも動きを加えてる。変化や動きが少しあると生き生きとした感覚を与えることができるんだけど、バランスを保たなくてはいけない。動きをたくさん入れすぎると制御が難しくなって、結果として、同じ動きが何回も繰り返し出てきてサンプル感が増してしまうんだ。でも、音源の中の微細な動きと変化のバランスを取ることができると、もっと自然な形で再生されるんだよ」
次なる計画は?
現在S+A チームはCYCLESのために、毎回異なるミュージシャンやプロデューサーとのコラボレーションで制作されるExpansionsパックの新シリーズを準備中で、第一弾は今年後半に発売予定だ。そして、もしSlate + AshのInstagramをチェックしているなら、彼らが他の何かをいじっている場面を見たことがあるかもしれない。現段階ではほとんどの部分が秘密のベールに隠されているが、シンセでもあり、サンプラーでもある新プロジェクトは、S+Aの2つの核となる主義をしっかりと受け継いでいる。動きを与えること、そして、雪玉のように予想以上に大きなものへと増大すること。気になる人は、ぜひ彼らのInstagramをチェックしてほしい。
AURASとCYCLESの期間限定セール
2020年8月24日まで、NIオンラインショップではAURASとCYCLESを同時に購入すると特別価格で購入できるキャンペーンを実施中。両製品ともNKSに対応、Native Accessからインストールすることができる。
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