アディティブシンセシスはサブトラクティブやFMシンセシスなどのシンセシス方式に比べて、正しく理解されていないことが多い。しかし、アディティブシンセシスを効果的に使用すれば、他のシンセシス方式では作ることが難しい、大胆で正確なサウンドを手に入れることができる。それではアディティブシンセシスの概要と仕組みについて読み進めよう。
この記事ではアディティブシンセシスの背景にある理論、技術、そして歴史について学び、現代の制作環境での使用方法についてご紹介しよう。そしてNative Instrumentsのアディティブシンセ、RAZORを使用した簡単で効果的な音作りをご紹介しよう。
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アディティブシンセシスとは?
アディティブシンセシスを理解するには、馴染みのあるサブトラクティブシンセシスと比較するのが分かりやすい。サブトラクティブシンセは矩形波やノコギリ波などの倍音豊かな波形を元に音作りを行う。その構成音をエンベロープやフィルターで削ることによって、不要な要素を「引き算」しているのだ。
アディティブシンセシスはその真逆の仕組みで、倍音豊かなサウンドから始めて成分を削るのではなく、1からハーモニクスを足すことでサウンドを生み出す。
ハーモニクスを理解する
この仕組みを理解するには、ハーモニクスの知識が必要だ。重要なコンセプトは、どのような複雑な波形も、構造的には異なる周波数と音量のサイン波の集合体として解釈できることだ。
矩形波やノコギリ波などの倍音を含む波形には「Fundamental Frequency(基本周波数)」にサイン波が存在している。基本周波数とはサウンドを構成する最低周波数であり、耳が音程として認識するピッチでもある。「First Harmonic(第一ハーモニクス)」と呼ばれることもある。
基本周波数の上にもサイン波が積み重なっており、それらをハーモニクスと呼ぶ。ハーモニクスは基本周波数の整数の倍数に存在しており、例えば、A 100 Hzのノコギリ波には100 Hzの基本周波数があり、その上にハーモニクスのサイン波が200 Hz, 300 Hz, 400 Hzのように並んでいる。高い周波数ほど音量が小さくなる。
どのハーモニクスが構成音に含まれ、どの音量で鳴るのか、によってサウンドの音色が決まる。例えば、矩形波には基本周波数に対して奇数の倍数のハーモニクスしか含まれないので、300 Hz, 500 Hzのような構成になる。
アディティブシンセシスの仕組み
アディティブシンセシスはこの原理を利用して、ハーモニクス成分の周波数と音量をコントロールすることで、ゼロからサウンドを構築している。
もちろん、矩形波やノコギリ波をアディティブシンセシスで作るのは遠回りな方法なので、それにはサブトラクティブシンセを使用しよう。アディティブシンセシスの強みはハーモニクス成分の細かなコントロール性であり、それによって基本波形の枠を超えた、他のシンセシス方式では表現できないサウンドを作れることだ。
時間の経過と共にサウンドのハーモニクス音量を変化させたり、不協和なハーモニクスを追加することで、どこまでも調整が効くユニークなサウンドを作ることができる。
アディティブシンセシスの歴史
アディティブシンセシスはサブトラクティブやFMシンセシスほどメジャーな存在ではないかもしれない。しかし、その背景にある原理はとても古くから存在している。
考えてみれば、教会のパイプオルガンも一種のアディティブシンセだ。それぞれのパイプの段はそれぞれのハーモニクスに対応しており、ストップバーを引き出すことで、オルガン奏者はハーモニクスを組み合わせて様々な音色を作り出す。この原理はハモンドオルガンのような電子楽器にも継承されたことで、電気時代まで生き延びることができた。このオルガンの例では、各ドローバーは異なるハーモニクスに対応している。単音の場合、ハモンドオルガンのシングルオシレーターはサイン波にとても近いサウンドであり、これが他のオシレーターと組み合わさることで、豊かで柔らかいサウンドが生まれる。
もちろん、ハモンドオルガンのオシレーターが作り出す音は純粋なサイン波ではなく、ユーザーに与えられたオシレーターのコントロール性も限られている。膨大な数のオシレーターとそれに付随するエンベロープを必要とするアディティブシンセシスをアナログ時代に実用化するのは現実的ではなかった。
Kawai K5(63個のオシレーターを搭載)などの一般層向けのデジタルシンセの出現により、アディティブシンセシスは幅広い層に使用されるようになった。しかし、まだ十分とは言えない数のオシレーターとコントロール性のため、サウンドは物足りないものだった。今ではその不完全さもヴィンテージらしい魅力として愛されている。
ソフトウェア時代におけるアディティブシンセシス
アディティブシンセシスの最盛期は今だ。その理由はシンプルで、技術の向上に比例して扱えるオシレーター数が増え、コントロール性も向上したことによって、アディティブシンセの可能性が広がったのだ。ソフトウェア環境で受ける制限はパソコンのCPU性能くらいなので、その可能性は何倍にも膨れ上がる。
NIは2つのアディティブソフトウェアシンセをリリースしている。無償で入手可能なKOMPLETE STARTに収録されたLAZER BASSと、2011年のリリース以降、音楽制作の現場に大きな影響を与えたRAZORの2つだ。Erik Wiegand(別名Errorsmith)がデザインを手がけたRAZORには320個の独立したオシレーターが備わっており、そのスマートなインターフェースではノブの一捻りで全てのオシレーターに対して複雑な変化を与えることができる。
このようなアディティブシンセの定番機能の枠を超えて、Wiegandはアディティブエンジンの新しい領域を切り開き、RAZORのオシレーターがフィルターやリバーブエフェクトなどの動きを真似できるように設計した。そこから生まれるユニークで正確なサウンドはサウンドデザイン、そして音楽制作の両方の現場に刺激的な可能性を与えている。
アディティブシンセシスの使い方
アディティブシンセシスの仕組みを理解したら、その使用方法について考えてみよう。とても個性的なアプローチであるこのシンセシス方式は特定の用途にとても適している。それではRazorを使用したサウンドレシピをご紹介しよう。
ベルサウンド
サウンドを構成する不協音のハーモニクスをコントロール出来るため、アディティブシンセシスはベルサウンドなどのデチューン音を作るのに最適だ。RAZORの「Dissonance Effects」セクションには不安定な不協音を作るためのエフェクトが豊富に収録されているので、簡単にデチューン加工を行うことができる。
こちらがシンプルでパンチのあるベルサウンドを作る手順だ。
- まずは1つ目のオシレーターを短いアタック、サステインなし、そして長めのディケイとリリースに設定しよう。
- Dissonance Effectセクションの「Stiff String」を選択しよう。Amountを上げるとハーモニクスが基本周波数に対する本来の位置からずれるので、より面白い不協音を作ることができる。
- 2つ目のオシレーターを異なる波形で追加して、比率を上げることでより厚みのあるデチューン音を作ろう。オシレーターの音量を2つ目のエンベロープで調整出来るように設定して、アタックがタイトなベルサウンドを作ろう。
- 最後に「Stereo Effects」セクションのリバーブを適量足そう。ちなみにこのリバーブはアディティブエンジンにより合成されたものであり、一般的なリバーブとは異なる個性的なサウンドを持っている。
ベルサウンドはこのような音になる。
クリエイティブなサウンドデザイン
アディティブシンセシスのデチューンには味付け以外にも様々な使用方法が考えられる。
無数のオシレーターを一斉に操作することで生まれる、正確で濁りのないクリエイティブなサウンドデザインはアディティブシンセシス以外の手段では再現不能だろう。
こちらがRAZORで「宇宙船着陸」エフェクトを作る方法だ。
- まずはシンプルな波形を選択しよう。我々はノコギリ波を使用する。
- 不協音エフェクトを足そう。今回はサウンドを構成する全てのハーモニクスを同等に変化させる「Frequency Shift」を使用する。この方法では極端なピッチシフトで起こりやすい不正確さを回避しながら、従来のピッチシフトアルゴリズムでは得られないグリッサンド効果を作ることができる。
- 最後に動きを加えよう。とてもゆっくりなアタックのエンベロープを「Amount」とローパスフィルターのカットオフにアサインして、演奏音にゆっくりと解決するスライド効果を作ろう。
このようなサウンドが出来上がるはずだ。
不思議なパッド
アディティブシンセシスではサウンドの構成音を時間の経過と共に変化させることが可能なので、リッチに発展するパッドを作るには強力なツールになる。今回はさざ波をイメージしたRAZORのユニークな機能の1つであるWaterbedフィルターを使ってみよう。これは正確にはフィルターではなく、RAZORの無数のオシレーターの音量がフィルターの動きを真似ることでユニークなサウンドを生み出すものだ。
こちらが異世界のさざ波を感じるパッドの作り方だ。
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- まずは好みの波形を選ぼう。我々は今回もノコギリ波を使用する。
- 2つ目のフィルターセクションで「Waterbed Filter」を選択しよう。
- フィルターの「Level」コントロールをゆっくりのLFOに繋げて、演奏しながら「Freq」コントロールを手動で動かすことで、異質なさざ波エフェクトを加えよう。
- 最後に、「Stereo Effects」セクションのコーラスを少し足して、サウンドにリッチ感を足そう。
パッドはこのようなサウンドになる。
アディティブシンセシスの旅に出かけよう
このチュートリアルではアディティブシンセシスの仕組み、歴史、そして現代での活用方法について学んできた。RAZORをダウンロードして、アディティブシンセシスの旅に出かけよう。驚くようなサウンドが生まれてくるはずだ。
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